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2017年9月12日 (火)

受験と私

受験と私(reboot)

高校受験

中学時代、私は学習塾に通っていましたが動機が好きな女子が通っていたからです。
塾帰りに駅から二人きりで歩きながら語ったこともありました。その女子が中2の終わりに転校したので塾はきっぱりと止めたのです。
まあ分かりやすい行動です。

で、高校は親の希望で県立としました。つうか私立は絶対に不可でした。私の両親は県立至上主義で私立に行くのは県立を落ちた者と決め付けています。
思えば孫娘が私立高校に行くと告げたときの両親の落胆ぶりは半端なかったです。両親の頭の中では私立高校は県立の滑り止めなのです。

したがって私の受験高校は県立一本でした。なので絶対に入れる高校としたので結果私は受験勉強をする必要がありませんでした。
その高校の模試で300人中4番を取ったことがあります。担任は上位校を目指したらと言ってくれましたが私にとって高校なんてどこでも良いと考えていたのです。
当時誰も私に上位の高校で勉強して上位の大学を目指す意義を教えてくれませんでした。

そのようなわけで確実に入学できる高校を志望校とし私はまった受験勉強せずになんなく合格したのです。
同じ様な状況の友人ヨウ君と「俺達が落ちるんだったら全員不合格だ。」と豪語していました。
なのにそんな程度の高校の入学試験に落ちた同級生がいて驚いたものです。

入学試験の科目の筆記は簡単だった覚えがあります。面接では同じグループのおせっかい姫の聡美に面接官が趣味を聞いたのです。
聡美:「はい、スズ集めです。」と元気に答えたのです。
スズかよ。声が元気な割りに趣味が地味なスズ集めとは私は笑いそうになりました。

私への質問は休日に何をしているかでした。
私:「遊んでいます。」
面接官は「遊んでいるのですか?」と言ったあと次の人に質問をうつしたのです。 この時の私の「遊んでいます。」が余程聡美のツボだったようで「もっと他に言いようがなかったの?」とこの先幾度も言われました。
このようにまったく私は高校受験を舐めきっていたのです。

高校入学

高校の入学式の日に教室で喧嘩が始まり床が血だらけになりました。
入学して最初の中間試験の私の数学は満点です。私のこの時の解答用紙が模範解答として廊下の掲示板に張り出されました。

前の席の不良が教師から指されて解けない問題を延々と問われて赤くうつむき立たされていたのです。私はころあいをみて小声で答えてをそっと教えてあげました。すると不良がぼそっと答え着席することが許されたのです。それからと言うものこの不良が懐いてきました。ことあるごとに私に感謝を述べたのです。

こうして入学当初の私は中学時代と同じくがり勉優等生ではないのにわりと成績優秀な生徒を貫いていたのでした。

高1の一学期の終わりのときです。母にそれとなく「俺、大学行かない方がよいよね?」と聞いてみたのです。母はただゆっくりとうなずいたのでした。
ああ大学進学は無しか。だったらこの先勉強する必要はないな。単純な私は期末中間試験でもまったく勉強をしなくなりました。もちろん日々の予習復習なんて小中とやったことがありません。

そして麻雀を覚え休日は野球同好会で軟式野球、喫煙、飲み会とその高校ではわりと普通の生徒でした。友人のバイクを無免で乗って転倒したこともあります。これまたこの高校ではいたってごく普通の生徒です。将来のことなんかまったく考えておらずバイトばかりです。

とうとう高3の一学期の通知表に現国の成績が赤字で2と記入されました。よって夏休みも補習登校したのです。

それでも私はぼちぼち進路を考え専門学校位は行ってもいかななんて思い始めたのです。別に高校卒業してからも勉強したかったわけではなくまだ働きたくなかっただけです。なので両親に就職試験に落ちたら専門学校に行きたいと伝えていたのです。

大学受験

夏休みにとある専門学校へ友人数名と体験入学に行きました。
行きの満員電車で後に立った中年おじさんから私はお尻をハアハア言われながらなぜられ続けられたのです。(当時わりと私は可愛かった。この光景を友人も目撃していた。)やはり東京は恐い所や。

体験入学では実技でデジタル時計を製作し貰ったのです。まあこの専門学校でいいかと思いました。ただ入学したらこの貰ったデジタル時計代を入学しなかった他の人の分も含めて授業料として払うのかと思うと少し嫌な気分になったのです。

で、早々と進路もデジタル時計専門学校に決めたので気が楽になりました。

ある日のことでした。ガールフレンドのアトから一緒に同じ大学に行こうと誘われたのです。まったく私は大学進学なんてこれっぽっちも考えていなかったので戸惑いました。
でもこれって漫画「おしゃべり階段(くらもちふさこ)」みたいじゃん。
で、担任に相談です。

私:「**大学に行きたいのですが。」
担任:「志望動機は?」
私:「専門分野を勉強したくて。」
まあ担任は薄々私が誘われたと気付いていたことでしょう。
で、なにやら担任がファイルから資料を取り出し見始めました。
そして
担任:「2科目推薦なら大丈夫でしょう。」
ですって。

やったね。まったく勉強しなかった私は数学だけは得意で成績優秀それと運が良かったことに生物の試験がメンデルの遺伝の法則だったのです。

生物の意地悪教師が試験問題を全て第一世代から順に発生するエンドウ豆の分離比を求めるものにしたのでした。ここは授業ではさらりとやっただけです。
結果100点満点で平均点が30点で私は100点。この問題って数学ジャンって感じですらすら解きました。

で通知表の成績も10なのでした。試験結果後に生物の教師に職員室まで呼ばれ大げさに褒められたのです。(たぶん試験の平均点が低くて周りの教師から嫌味を言われたのじゃない。でもちゃんと回答出来る生徒がいることをアピールしたかったのでしょう。)

あ、妹が中学のときに校内の廊下で教師に呼び止められて「あなたの兄さんは数学がすごく出来たよね。」と言われたそうです。
クロトもeメールで「デコは数学得意だったね。」と書いてきたのです。まあ私の得意は数学だけですが。

担任にアトと同じ大学の願書を取り寄せてもらい親と記入して提出したのです。
両親は近所の私の同級生達が皆大学進学希望ばかりなので少し焦っていたような。このまま一人息子を就職または専門学校でいいのかと悩んだことでしょう。なのであっさりと大学進学を許可してくれたのでした。

で、しばらくするとアトが「やっぱり**大学は行くの止めた。」ですって。
アト:「お母さんから一緒に大学行っても**(私の名前)君から守ってもらえない。逃げ足だけ早そうって言われた。」ですって。
超焦りました。私は**大学に行きたいわけではありません。アトが行くから遠いけど決めたのです。すぐに担任に**大学は止めますと告げたのでした。

で、アトの友人のマキが好きな青山がだったら△大学は?と教えてくれました。 で、担任に告げるとこれまた推薦OK。願書を取り寄せて頂いて△大学に今度は自分で直接送付したのでした。

数日後に青山が「願書に顔写真は貼ったか?」と聞いてきたのです。
はて?貼った覚えはないぞ。貼り忘れです。仕方がないので学校を休んで△大学まで写真を持って貼りに行きました。
これが私の大学の初登校でした。(まだ合格していませんが)で、写真をわざわざ貼ったかいがあり私は△大学に無事合格出来たのです。

このような苦労をして私は大学受験を乗り切ることが出来ました。

大学入学後

聡美の大学が近くにあり一緒に電車で通学することになりました。
3年前の同窓会でアトに「君は俺を振りやがって。」と言ったら
アト:「聡美と一緒に通学していたじゃない。」と言われました。

なにそれ、そんなことで?

私:「同じ電車なのだから通うだろ。そもそも君に一緒の**大学に行こうと誘われたのに裏切りやがったじゃないか。」
アト:「ああ、そうだった。聡美も**大学に行こうとしていた。」

あああ、私とアトだけじゃなくて聡美も**大学志望だったのか。
まったく今まで知らなんだ。通学中は聡美からアトの話題はいっさい出ませでした。聡美の同じ大学の女の子を私に薦めてきたことも。私がアトのことを話すとはぐらかしたっけ。

まあ聡美をバイクで家まで送ったり漫画本貸しあげたりユーミンのコンサートへ一緒に行ったりしました。

どうも聡美は私が好きになる子の友達です。私が中学時代仲良かった和代の友達だったし和代と高校は別になったのに聡美とは一緒。そういえば聡美に修学旅行で頼まれてツーショット写真を撮りました。
で、大学はガールフレンドのアトとは別になり聡美と通学。聡美よ君は私のなんだったのだ。

私が就職してから一度手紙が聡美から届きました。聡美は私の住所をどうして知り得たのだろうか。

手紙には
聡美:「アトが結婚するよ。連絡取ってあげて。」でした。

最近まで私が思っていたことは聡美は友人のアトの結婚に際し私から祝福の言葉をかけてもらいたかったのかと思っていいました。
でも当時私はアトに連絡をとりませんでした。聡美の手紙を黙殺したのです。

聡美はアトの友人として親切心からどこからか住所を入手してまで私に手紙を書いたとばかり思っていました。しかし同窓会のアトの「聡美と一緒に通学していたじゃない。」と聡美も同じ**大学に進学する予定だった話からこう思うようになったのです。

聡美はアトを私から遠ざけようとしていた。理由は聡美が私を好きだったから。 で、成功したけどアトへの罪滅ぼし罪悪感から私に手紙をだしたのではないか。

まあ全ては私の勝手な憶測ですけど。わりとしっくりきます。 もしそうであっても私は聡美を恨むなんてことはありません。恨むなんてお門違いです。当時乗り越える気力が私にはなかっただけです。私が悪いのです。

聡美とは私の娘が誕生した次の日にカズ君宅でのバーベキューで再会しました。聡美は二人の子持ちで噂通りの美人になっていたのです。聡美は相変わらず元気いっぱいでした。でもこのとき以来会っていません。20年以上経ちます。なので遠い昔の話になりました。

あの日アトから一緒の大学に行こうと誘われなかったら私はどんな人生だったのでしょうか。
まったく違う人生だったのでしょう。

まあ今のように単身赴任で広島に住むことはなかったですね。



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