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2017年4月の28件の記事

2017年4月27日 (木)

積善館本館(四万温泉)宿泊履歴

積善館本館(四万温泉)宿泊履歴

私の宿泊履歴
・平成24年2月
・平成24年11月
・平成25年12月
・平成27年2月
・平成29年2月
合計5泊

積善館本館は湯治場であり温泉以外は期待してはいけなかったのに・・・。
初めて宿泊したときの料理のしょぼさにがっかりしました。おかずの種類も量も少ないお弁当を大広間でいただくのです。薄暗い部屋にはパイプベッド。共同和式トイレ。まあ本館は湯治場だと自分に言い聞かせて温泉を楽しんだのでした。

それがです。宿泊毎にトイレ等館内設備が整備され料理が豪華になっていきました。毎回毎回その変貌ぶりに驚きです。今では料理はちょとした旅館と遜色がありません。この2月は鮎の塩焼きまででました。まあ宿泊代はUPしつづけていますが。

さて私の積善館宿泊ルーティン。
チェックイン→元禄風呂→夕食(缶ビール500cc一番絞りを自販機で購入し)→露天風呂→お部屋で持ち込んだおつまみに飲酒→就寝
起床→元禄風呂→朝食→チェックアウト
これに時間をみて混浴岩風呂に入ることがあります。まあ女性と一緒にはなりませんが。

宿を積善館本館にしている理由
私の通常の出張の宿泊先はビジネスホテルです。食事は一人の場合はホテルの近くのラーメンや牛丼チェーン店、またはコンビニ弁当ですませ多数の場合は居酒屋です。
でも一年に一度位風情のある旅館に宿泊しても良いんじゃないののりで積善館本館としているのです。まあ私のリフレッシュ出張ですね。

積善館と千と千尋と神隠し
積善館は夕食時に大広間で千と千尋と神隠しのオルゴールメロディーを流していたこともありましたけどやめちゃいました。色々とおありなのでしょう。四万温泉に向う途中が「いつも何度でも」のメロディ道路なのはよいかな。

さて、今年の2月は元禄風呂の壁面を修復中でしたがもう工事は終わっていることでしょう。
来年も宿泊出来ればよいのですが。

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2017年4月26日 (水)

小アジと鼻血

小アジと鼻血

月曜の私は鼻血です。鼻出血症いやになる。

私の鼻血はかれこれ一年と少し前、以来になります。会社で打合せ中にポタポタと鼻血。30分たっても止まらずトイレを血まみれにし病院で鼻の中を焼かれたけどまた鼻血。鼻にタンポン詰められ痛いだけでまた鼻血。病院変えたけど原因不明で高血圧だろうで体重を15kgは減らしてその後鼻血は出なかったのに朝から鼻血。

さてと今回の鼻血ですが前回の鼻血と食べたものに共通点があるのです。

小アジのから揚げ

スーパーで小アジが安かったので久々についでにとり肉も購入して単身赴任先で料理です。

材料:小アジ8匹、とり肉250g、調味料、たまご

小アジのから揚げ
・小アジのエラを親指と人差し指でつまみおなかに向けてエラ内臓を引き出します。
・小アジの腹を中心に水で流しキッチンペーパーで軽く水分を取ります。
・セイゴを出刃包丁で取ります。
・こしょうと塩を軽く両面にふります。
・片栗粉をまぶします。
・フライパンのサラダ油をタニタの油温計で計りながら170度とします。
・小アジを油に投入し4分後に一旦引きあげ4分間放置後にまた4分揚げます。
・キッチンペーパーを敷いたお皿に盛り付け出来上がり。

とりのから揚げ
・ボールにとり肉、醬油、お酒、しょうが(チューブ)、塩を入れてよくもみます。
・ときたまごとゴマ油と片栗粉を投入し混ぜます。
・油温を170度としてとり肉を投入し2分揚げ一旦引き上げ2分間放置後にまた2分間あげます。
・お皿の小アジを端によせてとりのから揚げを盛り付け出来上がり。

小アジととりのから揚げは上手にできました。缶チューハイ500ccとワインで最高です。
で、月曜に鼻血。前回も小アジのから揚げの次の日鼻血。こうなると鼻血の原因が小アジなのではと疑いたくもなります。まあ小アジは美味かった。多少の鼻血なら食欲が上回ります。
あ、とりのから揚げも良い感じで美味し。



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2017年4月23日 (日)

妻2台私3台持ち

妻2台私3台持ち

スマホについて

先週妻にアイフォン5C(娘のおさがり)をマイネオで契約してあげました。もちろん通話もネットもできます。
で、妻はau携帯(ガラケイ)との2台持ちです。
息子が2台持ちを経済的でないと言っていたので

息子へのメール

「お母さんが2台持ちの理由(わけ)

単純にau携帯は私との通話用です。
月の通話料をマイネオのプランで検討した場合 とんでもない金額になります。(マイネオは完全な通話無料が無いため)

またIP電話等のネット通話の場合は月に10ギガ以上必要です。
そんな理由で2台持ちとしてもらっています。
  メール等をスマホで出来るようになればau携帯は最低プランにする予定です。

まあ、私が単身赴任から千葉に戻れればau携帯は解約ですね。
つまりお母さんのau携帯は私の単身赴任の必要経費と考えてください。

今年アミちゃん(従姉弟)両親がスマホにしたのでお母さんもかえてあげましょうののりです。

君とお姉ちゃんのauキャリアをマイネオにかえたおかげで我家の家計はおおいに助かったます。感謝。」

さて私は娘の古い古いアイフォン5を最近譲り受けネット用に使用しています。5はポケットにすっぽり収まりいつもしのばせ可愛いでやんの。
なので私は
携帯:auガラケイ
タブレット:ネクサス7
スマホ:アイフォン5(WIFIのみ)
の3台と富士通モバイルルータとバッテリーを持ちあるいています。あ、ハンドフリーイヤホンや充電器、ケーブル2本、イヤホンもです。ケーブル充電器など付属品は100均透明ポーチにごぞごぞ入れています。充電池使用機器が6台なのでいつもどれかを充電です。

アイフォン5は胸ポケットに入れていつでもサッと取り出せパッと表示します。これがタブレットだとリックサックから取り出し立上て表示。機動力では5に軍配ですね。まあ本読むとかはタブレットですが。

スマホアイフォンいいんじゃない。


2017年4月19日 (水)

新宿にいこう

新宿にいこう

出張先の石巻から朝7時半のJRに乗車すれば東京駅にお昼前の11時には到着します。
妻にメール
私:「東京駅11時着。お昼食べにでてきてね。」
妻:「東京駅のどこ?方向オンチだから、細かく言ってもわからんよ」
私:「銀の鈴。ここが有名待ち合わせスポット。」
妻:「銀の鈴ってどう行くの?」
私:「案内板がアチコチある。改札出たら駄目。」

銀の鈴で待っているがはたして妻は無事にこられるのか?ちょっと心配。で、会えたときは感動でした。

さてさてどこに行きましょう。
私提案:新宿東京都庁舎でお昼はどう?
妻:あっさりok。

では中央線で移動して新宿駅西口を出て都庁舎を目指します。途中新宿NSビル前を通り都庁へ。都庁は土曜閉庁なので正面口からぐるりとまわり庁舎内へそこから無料エレベータに乗って展望室へ。

展望室:無料でこの景観。妻とぐるりと見て回ったのです。まあね。東京は有名な建造物だらけなのであきません。

さてお昼は職員様と同じ食堂と考えていたが土日祝日はお休みでした。展望室のレストランは高いので駅前でいいか。

途中公園にたちより防災展をみたりしNSビルに入ってしまいそのまま窓側の席でお食事でした。

NS魚や:私は焼き魚定食で妻は海鮮丼をお外を見ながら(副都庁がじゃま)いただきました。ちょうどこの日は3/11で店長らしき人が会計時に当時ビルが折れるのではないかと揺れたそうです。

食事後は歌舞伎町の東宝シネマ新宿に立ち寄り新宿アルタを見上げ帰宅したのです。

私は初都庁、30年ぶりにNSビル、初東宝シネマ新宿、新宿アルタは10年ぶりです。
学生時代の新宿の思い出:友人とビニ本の買い出し。墨はシンナーで消せるガセ情報を流したのは誰だ。あ、頭の中を「オレンジ通信」が横切りました。それとダーティー松本氏の白鳥の湖も。


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2017年4月16日 (日)

格安スマホへの道

格安スマホへの道


妻の友人(年配)が昨年にスマホデビューをしました。なんでもドコモショップの店員に将来ガラケイは無くなると言われあれよあれよとスマホ契約をしたそうです。
で、妻は毎月の使用料金が高いとその友人から年中愚痴られると言っていました。
そこで私が「格安スマホへの乗り換え(案)」を妻にFAXしたのです。


「格安スマホへの乗り換え(案)

まずは契約しているドコモショップで
MNP予約をお申し込みいただき、MNP予約番号を受け取ってください。
その際、UQに移りますと言えばOKです。
MNPとは:携帯番号を変えることなく同じ携帯番号でのりかえることをいいます。

UQ窓口(家電量販店)で
・MNP予約番号(ドコモショップ発行)
・現在のメールアドレス(ドコモのアドレス)
・運転免許証または健康保険証
・クレジットカード(VISA、MasterCard、JCB、American Express、DINERS)
上記4点を持ち契約となります。
プランは通話と2Gのデータでよいと思われます。

料金(概算)
・通話と2Gのデータプラン:1年目   2000円/月              
                                        2年目から 3000円/月
・ドコモ転出手数料3500円(初回のみ)
・UQ転入手数料 3500円(初回のみ)

UQをお勧めの理由
店舗での転入が出来ます。他の格安スマホは店舗が少なくインターネットでの申込みです。家電量販店にUQコーナーがあります。

UQ転入注意点
・ドコモのメールアドレスは使用できません。あらたにUQのメールアドレスとなります。
・家族割り家族間かけ放題が使えません。
・スマホが故障した場合はドコモで対応してもらえません。故障したらスマホメーカに修理を依頼する必要があります。(UQでスマホを購入した場合はUQに修理依頼)
・ドコモに対して違約金が発生する場合があります。スマホ購入時のプランによって金額がかわります。(何ヶ月でペイできるか計算してみてください。)

追伸:不安でしたら一度お持ちのスマホを持って家電量販店のUQコーナーに相談してからのほうが良いかもしれません。

― 以上 -」


先日ZIP!を見ていると
格安スマホの相談件数前年比2.8倍、「問い合わせ先が電話窓口しかなく、つながりにくい」、「修理期間中に代替機の貸し出しサービスがない。」ですって。
は~?
こっれって牛丼吉野家に高級レストランのサービスを求めているってことですよね。格安航空会社、100均しかりです。まあねテレビ局のCMのお得意さんはau、ドコモ、ソフトバンクの大手キャリアですもの。格安スマホ会社の不利になることはばんばん伝えることでしょう。


さてと、では妻の友人はUQに出向いたでしょうか。妻に確認すると行ってなそうです。
まあ、現状をかえるってことは何事も難しいです。ずっとお世話になっていたドコモさんへ解約しに行くのも気が引けることでしょう。

しかし我が家はauから娘、息子のスマホをマイネオに妻のスマホと私のルータを追加でマイネオと契約しています。だって、マイネオお安いんだもの。貧乏な我が家はマイネオ様様です。つうか大手キャリア高すぎ。





2017年4月11日 (火)

聡美

おせっかいさん

その女の子は小6の春に北海道の旭川から転校してきました。
名前は聡美です。身長が高く(私が低かった)大柄で天然パーマを三つ編みにしてほっぺたが赤い田舎娘でした。

ある日私が公園で友達と遊んでいると中学生の男子がこちらに近づき
「お前が、××か?俺は聡美の兄ちゃんだ。よろしくな。」と言い立ち去ったのです。
唖然とする私。聡美ちゃんのお兄さん?お兄さんは今でいうヤンキーバリバリでした。私は転校してまもない彼女と仲が良かった覚えがありません。しかしお調子者で好奇心旺盛な私は転校生の聡美ちゃんにちょっかいをだしていたかもしれません。きっとお兄さんは妹が学校で友達が出来たかとか心配で聞き私の名前が出たのでどんな男か気になり挨拶をしたのでしょう。

思えば聡美ちゃんはなぜか私の近くにいました。中3で私が和代ちゃんと仲良くなった時もそのグループにいたし高3でアトと仲良くなった時のグループにもいたのです。高3の就学旅行でツーショットの写真を撮りました。またクラスの用事で職員室に彼女と行くと担任から「君達、いつも一緒にいるね。」と言われたのです。

で、高校を卒業すると学校が同じ方向なので毎日一緒に電車で通いました。このことを今年(同窓会)アトにちょっと強く
「聡美と一緒に通学していたよね。」と言われてドキっとしたのです。
え、これって悪いこと?相手は聡美じゃん。それに途中から彼女の同級生と一緒だったし。でも今考えるとアトと私が逆の立場だったらちょっと嫌かも。

あ、帰りに駅から聡美ちゃんちまでバイクで送ってあげたこともありました。それにユーミンのコンサートに男女2対2で観に行ったことも。マンガも貸してやったな。

ある日、日テレの日曜日のテレビジョッキー(観覧者がテレビに映る番組)に聡美ちゃんが当選したと聞いてその日偶然集まった友人達と見たのです。そして彼女がテレビに映るたびに私達はどっと盛り上がりました。で、そこに居合わせた一人が聡美ちゃんに告白してふられたと言ったのです。聡美ちゃんに告白して、ふられたの?そのとき案外彼女はもてるんじゃないかと思ったのでした。

私はたしかに彼女と仲が良かったです。でもなぜだか私は一度も彼女を恋愛対象にみたことがありません。彼女も私に対して気のあるそぶりをしたことがなかっです。聡美ちゃんは身長が高いし田舎娘だし。いつもニコニコしているだけだし。
で、気付くと私の方が身長は高くなっていましたが。

ある日テニスチームの女どもが聡美ちゃんが美人になったと噂していました。え、聡美ちゃんが美人に?ちょっと想像がつきませんでした。 私の娘が生まれた次の日に友人の家でバーベキューがあり私が一人で参加すると彼女が子供をつれてやってきたのです。
私は、あれ?聡美ちゃん美人になっていると焦りました。でも彼女は相変わらずニコニコして明るかったです。

彼女から言われた忘れられない一言があります。
聡美:「車の免許が取れたときに最初にドライブに誘いたかったよ。」
このことを聞いた時に私は驚きました。私が免許を取れた時に初めてのドライブに聡美ちゃんを誘いたかったからです。

彼女は同級生と結婚しました。でも同窓会には出席しません。だから私はBQ以来会っていません。せっかくこの何年か私は彼女の生まれ故郷の旭川へ何度も訪れているのに。旭川の雪はすごいね。気温が-30度になるんだね。キタキツネを見たよ。そんなこと話したかったな。

おせっかいさんは結婚式前のアトに連絡をとってねと手紙を書いたり大学の同級生を私に勧めたりでした。そして大柄だった道産子の田舎娘はいつしか美人さんで素敵なお母さんになりました。




備考

残念なことに彼女の旦那さんはやんちゃ系なので私とは住む世界が違います。色々あるから聡美は同窓会にこれないのかな。まあ私も同窓会は卒業しましたが。BQに子連れできたときの聡美ちゃんは幸せそうでした。
聡美は誰と結婚してもそれなりに幸せ。あ、私みたいです。






2017年4月 9日 (日)

失恋したことがある

失恋したことがある


学生時代に初めてつき合った女性とそのまま結婚し失恋したことがなかった3人に比べて私はこのように多少ですが失恋しています。
まあ失恋が私の糧になっているとおもいましょう。

当初はブログを毎日1回UPする予定でしたが恥ずかしいやらみっともないやらでこのシリーズを早く終わらせたく連続投稿になりました。

いやー寅さんの映画「男はつらいよ」の路線を狙い笑いありちょっぴり涙と感動ありを目指したのですが・・・。
寅さんの旅、団子屋のない恋愛要素だけだときついです。なんかブログの中の私は身勝手な人間で下手すれば悪者じゃない。寅さんのように愛されるキャラクターにほど遠いような。まあ結構毛だらけ猫灰だらけです。

さてとこれで失恋話は目出度く終わりです。
また通常ブログにもどりますのでどうぞ宜しくお願い致します。

2017年4月 8日 (土)

ナオ

手編みのセーター

父との電話で
父:「お前、結婚しないのか?しないのだったら俺にも考えがある。」と言われたのです。
私:「金が無い。」
父:「金の心配はするな。」
私:「じゃあ、結婚する。」 で、結婚相手の名前(妻)を父に告げると。
父:「高木(ナオ)さんではないのか?」と聞いてきたのです。

高木ナオはここ10年余りの私のガールフレンドでした。私の誕生日とバレンタインデーには手紙とプレゼントを静岡の実家に送ってきたのです。私も彼女の誕生日とホワイトデーはお返ししその時に会いに行くこともありました。彼女の住まいは私と同じ静岡でも西の方になるので遠距離です。それに私は神奈川千葉東京と転々としホテル住まい長期出張もあったので静岡実家にいないことが多かったです。したがってナオとは余り会えませんでした。
父に私は
私:「彼女(高木ナオ)は体が弱いから駄目だ。」と答えたのでした。

ナオは小柄で色白できゃしゃで体調を崩すことが多く病弱だったのです。そんなナオがある時ぽつりと。
ナオ:「私は体が弱いからあなたのお嫁さんにはなれないな。」と言ったのでした。

結婚式をひかえた数ヶ月前です。私はナオに電話をしました。
私:「12月に結婚することになった。」
ナオ:「・・・そう、おめでとう。どこの人。」
私:「千葉だ。」
ナオ:「静岡には帰ってこれないのね。」
私:「ああ。だから俺はもう君には連絡をしないよ。」
こんな短い電話でのやり取りで私とナオの関係は終わりになったのです。

私がプレゼントしたネックレスにナオは喜んでくれました。ナオから届いた手編みのセーターを着て会いに行くと。
ナオ:「(セーター)かっこ悪いよ。着なくて良いって。」 嬉しそうだったな。

ああ、遠く千葉の私の住まいまで会いに来たこともあります。その日の私は出張中で不在でした。可哀そうなことをしたな。結婚を前に実家に保管してあったナオの写真、手紙、セーターは全て処分です。なので私にはナオに関する物は何もありません。
私はあなたのお嫁さんにはなれない。ナオ、本当にそれで良かったのかい?




思い出

私が地元にいたころはナオの家とは遠かったけど時々遊びました。転勤で私が千葉で暮らすようになるともう会えません。ナオの家は西の方で中途半端に遠かったです。当時は携帯がなく連絡は公衆電話でした。ナオからは忘れたころに手紙が届くような仲になっていったのです。2、3年音沙汰なしもありました。
私が結婚する報告をした女性はナオだけです。




ヨシエ

火曜日のストーカー

私は美容室に勤めている女性と遊んだことがありました。美容師のヨシエの定休日は火曜日で月に一、二度土日の休みがありその土日に合わせて会っていたのです。
しかし私が土日も休出することもあるので中々会えません。また住まいが私は千葉でヨシエは神奈川とプチ遠距離でした。私の実家が静岡なので神奈川は途中になります。なのでそれ程遠距離とは思っていませんでしたが。

それに会うのはヨシエの住まいがある神奈川の横浜方面で山下公園を散歩したり中華街で食事したりが多かったです。あ、横浜プリンスホテルのトップオブヨコハマで夜景を見ながらカクテルなんて洒落たこともしました。

ある日馬車道通りでの食事の後にカラオケでヨシエは黒いスーツに黒のミニスカートをはいて対面に座っていました。そして私からチラチラとパンツが見えたのでした。
で、酔っ払っているはパンツを見せられるはで帰りのエレベータの中で私はチューを勢いで迫ったのです。するとあっけなく拒否されました。ばつが悪くなりましたがその後誘うと普通に会えます。

まあイルカ好きのヨシエを品川の水族館に誘ったのですけど。で、しばらく経ったある日横浜のランドマークでイタメシワイン後にパシフィコ横浜の広場でチューしようとしたらまた拒否されたのです。おいおいまたかよ。そこで

私:「俺のこと好きじゃないのか?嫌いか?」とすごむと

ヨシエ:「好きとか嫌いとかじゃなくて。」 ですって。

で、その後もヨシエを誘えば一緒に遊べるのですが帰りのヨシエの家の前でのチュー失敗で3連敗になると私もいらだちもう会わんと言い放ったのです。

しばらくするとヨシエからの手紙に私と遊べて楽しかったとともに「これからもよろしく。」と書いてありました。気をよくした私は初詣に誘い浅草寺にお参りして天婦羅食べてヨシエのお勧めのパスタ屋さんでワインも飲んで酔っ払いご機嫌になりその日は終わったのです。それから私がヨシエに電話するが出てくれません。(私は必ず夜の10時にかけます。)不安な気持ちで2週間電話をかけたある日やっと電話が繋がるとヨシエの態度がそっけないのです。そして

ヨシエ:「やっぱり、遠いから無理。」 ですって。

遠いといっても出掛けて行くのは俺だろうと思ったのでした。

で、次の日からまた電話は繋がらなくなったのです。いつしか私はアホらしくなり電話をしなくなりました。

半年以上過ぎたその年の夏に電話が鳴りました。私が出ると無言電話です。すぐに相手が誰だか検討がつきました。その日が火曜日の夜10時だからです。それから3ヶ月に一度位無言電話があったのです。決まって火曜日の夜10時に。

また一年程たったころに曜日に関係なく頻繁に無言電話がかかるようになったのです。はて?どうしたのかな?気になった私は久々にヨシエの家に電話をかけてみたのです。すると電話は自動音声で

音声:「あなたのお掛けになった***は、移転のため番号が変わりました。新しい番号は、***です。」と告げたのです。

私は鳥肌が立ち凍りつきました。新しい電話番号の市外局番が私の住んでいる地域だったからです。なぜにこっちに引っ越して来たの?偶然なのか?それとも私を追いかけてか?なにをしているのだ。俺はもうじき結婚するっていうのに。

私はヨシエの新しい電話番号にかけませんでした。そして妻との生活が始まりしばらくした夜に玄関のチャイムが鳴ったのです。妻がインターフォンに出ると無言です。妻に代わり私がドアを開けるが誰もいません。すると私は今日が火曜日だと気付いたのです。

超焦りました。恐る恐る3階から1階まで確認し部屋に戻り妻に誰もいなかったよ。変だね。チャイムの故障かな。」と告げたのです。
それから三ヶ月に一度位の間隔で間違い電話がかかってきたのです。女性の声で毎度「小泉さんですか?」です。

ああ、ヨシエは小泉今日子のファンだったな。私も電話に出ましたが声はヨシエではありません。誰かに頼んでいるのかな。間違い電話に妻は不思議がりましたが忘れたころにあるだけで実害がありません。そして私は少し間違い電話を楽しんでいたような。でも娘も産まれ2年経ちましたので私は意を決して間違い電話の相手に

私:「NTTに問い合わせたところ、過去にこの電話番号で小泉は登録されていないそうです。また電話帳の誤記の調査を頼んであります。通話記録よりそちらにNTTから連絡がいく場合もありますので宜しくお願いします。」

と告げると相手は驚いたのです。そして私は「さようなら。」と言って電話を切ったのでした。あれから16年経ちましたが間違い電話はありません。

でもあの間違い電話は果たして本当にヨシエの仕業だったのでしょか?インターフォンを鳴らしたのは誰?故障だったのでは?ヨシエがこちらに引越してきたのは私が住んでいたからではなく偶然では?全ては謎のままです。
でもヨシエがあの夜に言った
「好きとか嫌いとかじゃなくて。」
これが私にとって一番の謎なのです。


パスタ屋さんの後でヨシエが始めて美容師をしたお店を案内してくれたのです。その時にヨシエは私に恥ずかしそうに手を見せて「私の手はこんなに荒れているのよ。汚いでしょう。」と言ったのです。
私は「汚くなんてないよ。頑張り屋さんの綺麗な手だよ。」と答えたのです。
ヨシエの瞳が少し潤んだな。

それから二人で電車にのり最寄駅でヨシエはホームに降りたのです。楽しかった一日のお別れです。でもすぐにまた会えるはずでした。ああ、あの時に私も一緒に降りればよかったのだろうか。これがヨシエの姿を見た最後です。
この先私は何年もヨシエの幻とお付合いするとは思ってもいませんでした。





思い出

「遠いから無理。」か。こんな理由で失恋するとは思ってもみませんでした。
その後のヨシエの無言電話は私をキープ君にするためだろな。
大丈夫かヨシエ。楽しかったのではないか。大丈夫かヨシエ。




法子

草津スキーの思い出

草津の泊りがけのスキーの後に私と初美に法子はマー君の運転する日産テラノに乗り4人で帰路についていたのでした。マー君は初美に気がありました。私は法子に気があるというかテニスでもスキーでも飲み会でもいつも法子が近くにいることが多かったです。
でもお互いに恋愛感情があったかと言えば微妙です。まあ法子には同じサークル仲間のカズ君がタイプだと知っていましたので私にとって仲が良い女友達で満足だったのです。それに当時私は静岡と千葉を行ったり来たりしていました。法子が住む静岡に居る事は少なかったような。

ある時カズ君から「安心しろ。(法子に)俺は手を出さないから。」と言われたことがありました。
車は高速道路を降りファミレスに立ち寄ったのです。私はオーダーをすませた後に入り口の公衆電話で電話をしてからまた席に戻りました。するとあきらかに法子の機嫌が悪くなっていたのです。法子は無口になり苛立ちの表情を浮かべていました。なぜに気付いた。
私のこの電話行動に。これが女の勘なのか。私の電話は翌日会う美容師の女性への待ち合わせ確認だったのです。食事中は鈍いのか初美とマー君は法子の異変に気付いておらず私だけが怯えていたのでした。

食事が終わりまた車で移動ですが法子は一言も口をききません。押し黙ったままです。マー君も初美も法子が無口になったのは疲れたからと思っていたのでしょう。したがって私だけが一人怯え続けていたのです。て言うか私はちょっと電話しただけです。誰にかけたかは分かる訳がないのです。なのにそのことで私の彼女でもない法子が怒る理由が理解出来ません。私と法子は仲の良い友達なのです。

そうこうしている間に車は初美の家に到着しました。スキー板荷物を降ろしているときに私は初美に少し大きめな声でこう言ったのです。
私:「さっき、岩田に電話したけどあいつ留守だった。明日スポーツジム(過去に初美も通っていた。)がやっているか確認したかったけど駄目だった。ああ、君がジムを続けていたらな。」
すると聞いていた法子が歓喜の声で
法子:「なんだ岩田さんとスポーツジムのことだったんだ。」 ですって。

やりました。私は心の中でガッツポーズをしたのです。この絶妙なタイミングでの言い訳が成功したのです。初美はここでさよならです。この先スポーツジムの疑念が出ることはないのです。

にぶちんマー君が一言。
マー君:「あれ?明日は浅草に初詣に行くって言っていたよな。」
一瞬にして私の血の気が引きました。恐る恐る法子を見ると鬼の形相です。
私:「ちがうもん。ちがうもん。ジムに行くんだもん。あわあわあわ。」 あわてふためいた私は何を言っていいやらまともにしゃべれなくなりました。法子は冷め切った目で私を睨んでいます。

そして車は再び無言になった法子と鈍いマー君と虚ろな私を乗せて走ったのでした。で、法子の家に着きスキー板荷物を降ろしお互いかすれる様な声でさよならを言いわかれたのです。これが草津スキーの私の思い出なのです。

その後
1ヶ月位した時にマー君から電話がありました。
マー君:「カズ君と法子が交際し始めたぞ。なんでも法子がカズ君に私と付き合うかはっきりしてと詰め寄ったそうだ。」

まあカズ君にもサークル外に女友達がいたからな。こんな私にも一緒に初詣に行くよう女性がいるのを知ってサークルの男どもが陰で何をやっているか不信に思ったのでしょう。
で、カズ君と法子は結婚を決めたのです。二人の結婚式の時には私(美容師でない)もマー君(初美でない)も結婚が決まっていました。
私はカズ君の友人代表として飛び切りのスピーチを二人に送ったのです。まあスピーチの原稿作成には力が入りました。後でカズ君が私のスピーチの評判がとても良かったと言っていました。
当たり前です。二人の結婚式なのですから。
あれ?カズ君。手を出さないって言ったよな。まだ謝ってもらってないよ。




思い出

草津のホテルでチェックインにフロントに行くと手違いから部屋が一部屋しか予約されていなかったのです。
なのに誰もあわてません。
私には未婚の男女が一部屋に4人はありえまえん。それに八畳一間で夜は飲んで酔払います。
なので私だけがフロントになんとかならないかと交渉したのです。過去に法子はバスケットの合宿で男女同じ部屋はあったとのこと。
空いてる部屋が見つかり別々になりましたがこれでよかったのですよね。私の考えすぎなのでしょうか。もし一緒の部屋だったらどうなっていたのだろうか。まあ、どうにもなってなかったことでしょう。





マヤ

ヤンキー三姉妹次女と私  

高校からの友人の青山が飲み会に彼女とその彼女の友達を連れてきたのです。それがマヤでした。マヤの第一印象は女優の大原麗子に似ているな、でした。
で、青山との飲み会のたびにマヤはくるようになったのです。バレンタインデーには「義理だけど。」とマヤからチョコを貰いました。その冬は4人でスキーへも行ったのでした。でも私はその時はまだマヤと個人的に付き合うとは考えていなかったのです。

実は前の年に化粧品のマルチ勧誘販売にはまり会えなくなり別れたケイを私は少し引きずっていたからです。でも別れた半年後にケイから電話があり「化粧品の販売は辞めたわ。結局あなたのことも会社(仕事)も失ってしまった。」と言われた時に私はケイに何も言ってあげなかった。(それからケイは1年もしないうちに結婚しました。)

したがって私にとってマヤは時々飲み会とかで遊ぶ女友達だったのです。私の都合がつかずしばらく連絡もせずに会わないなんてことがありましたがそれ程気にもなりません。その頃の私は20代後半で仕事が超多忙でした。

久々の青山達との飲み会の帰り道マヤが唐突に私に
「***さん(私の名前)は彼女いるんだよね。」と聞いてきたのです。
私は「俺にいるわけないよ。」と答えそれなら二人で遊びましょうとなりマヤと交際が始まったのです。

二人で花火大会に海水浴、軽井沢旅行もしました。あ、軽井沢で宿泊したのは「ペンションピーマン。」でした。「ピーマン。」の名前の由来はオーナーが子供の頃に泣き虫でピーピー泣いていたからですって。

まあ順調に交際は続きマヤの実家に訪れるようになったのです。で、マヤのお母さんから私はいつ結婚するんだと言われるようになりました。マヤ家は自営業で姉が婿養子をとりついでいます。つまりマヤは小姑です。母として早く家から次女を追い出したいのでしょう。

ある日マヤのお母さんから今から二人で出かけ私にプロポーズをしろとまで言ってきたのです。で、プロポーズをしました。するとしばらくするとお母さんは結納は何時にすると言い出したのです。こうなると私は実家の両親に報告です。あれよあれよと親戚に連絡が行きまた私は友人に結婚するぞと話したりして私もよい年だし結婚もいいかと考えていたのでした。

ここで当時ヤンキーマヤに言われた記憶に残る一言です。

1. これで別れたら私は元***(私の名前)の彼女って言われるんだ。それは嫌だな。
2. 私の鼻がもう少し高かったらあんたなんて相手にしていない。
3. 高校の時に番長に気に入られて「マヤには手を出すな。」って番長が仲間に言っていた。
4. あなたと歩いているのを友達に見られて「マヤは男を連れまわしていた。」って言われた。
5. 最近ねえちゃんが「マヤは可愛くなった。」だって。

まあヤンキーらしい発言です。マヤから貰ったプレゼントもちょっと私が着るには似合いそうもない背中に大きな鷲の刺繍がある皮のジャンパーでした。

結納の日まで後2ヶ月の時のことです。いつものデートの帰りにマヤが私にこう言ったのです。
「結納はしない。まだ遊びたいから私、結婚したくない。」ですって。

はあ?驚き呆れ返りました。すぐに説得しましたががんとして結納はしないの一点張りです。しかたがなくマヤを家に送り返し実家に帰り結納は延期して欲しいと両親に話したのでした。

私は次の日から出張で1週間家後に帰宅すると状況が変わっていたのです。まずは両親が結婚に反対しだしたのです。実は彼女の親戚に評判が悪い人物がおりその地区では有名でした。したがって両親は親戚知人から猛反対されたそうです。でも私が良いなら仕方が無いと考えていたのにこの結納延期で両親は彼女に対して信用が無くなってしまったのでした。
ちなみにマヤは我家に何度も食事会とかで遊びに来ていて母とは良好な関係でした。こちらの事情は言わずにもう一度マヤに結婚は延期で良いけど結納だけは予定通り行うように頼みましたが駄目でした。で、私は別れを告げて電話を切ったのです。
それからまた私は出張です。一週間後に帰宅すると私が留守の間にマヤが母親と一緒に実家に謝りに来たそうです。その時に両親は敷居をまたがせなかったのです。

マヤは私から別れを告げられてことの重大さに気付いたのでしょう。 マヤは電話で結納の件を謝罪してきました。でも私は君は親に連れられて仕方が無く家にきやがってとなじったのです。その後また私の出張中に今度はマヤ一人で実家に来たそうです。なんてマヤは間が悪いのか。いつも私の留守に来るなんて。

しばらくたったある休みの日に私は庭で洗車をしているとそこにマヤのお姉さんの運転で家の前を偶然に通りかかったのです。その時の私は軽くマヤをあしらいました。復縁を求めてきたマヤを相手にしません。私の言葉になんの感情もありません。ただ淡々ともう無理だねと伝えたのです。様子を伺っていたお姉さんが「マヤ、もう駄目だよ。」と言い車は走り去ったのでした。

それから一年後にマヤと再会しました。青山の結婚式にお互い友人として呼ばれたのです。まあマヤは美人なので式場で目立ちます。二人の関係を知らない友人がマヤのところに行ってなにやら話していました。席に戻って来た友人が私に「あの子、独身だって。お前のことを薦めておいたぞ。」ととんでもないことを言ったのです。血の気が引いたのを覚えています。

それから2次会でも席も離れており話すことはありませんでした。あ、その時によく二人で歌った曲を私はカラオケでリクエストしたのです。でも曲が入る前に2次会はお開きになりあれからマヤと会うことはありませんでした。

その後青山とは会わなくなり年賀状だけのやり取りになりました。マヤのその後が気になりましたが知るすべがありません。2年前のことです。青山が東京に転勤していることがわかり東京駅で飲んだのです。その時にマヤのことを聞いてみました。

マヤは地元の不動産会社の息子と結婚し手伝っているそうです。つうかマヤは会社を今では仕切っているとのこと。まったくもってマヤらしい。 また4人で会えるかとためしに聞いてみたがそれは無理ですって。私も当時は親戚や友人に責められました。相当に心に傷を負いました。あれから誰もマヤのことについて触れません。マヤも同じでしょう。私は青山から東京駅での飲み会まではマヤは独身じゃないかと心配していましたが取り越し苦労でした。まあマヤをほっとく男性はいないってことです。  

遠い昔のクリスマスの夜、新幹線に乗りマヤに会いに行きました。駅で待っていたマヤに私は背中に隠していたバラの花束を差し出すと満面の笑顔になり抱きついてきたのです。少し恥ずかしかったよ。それからイルミネーションの中を大通りに向けて二人で歩くと前から白い衣装を纏った子供達が列をなして歩いてきて私たちに
「メリークリスマス。」の言葉とともに松ぼっくりで作ったツリーを手渡してくれたのです。可愛いプレゼントにお互い顔を見合わせ微笑みました。聖夜は二人を優しい時間で包んだのです。この夜が二人にとって一番の幸せだったのでした。



友人の紹介

友人から紹介された女性とお付き合いをしても残念ながら縁が無く別れちゃうこともありますよね。女性とは縁が切れますが友人とは関係が続きます。で、友人の結婚式の披露宴の案内状が届くと心中穏やかではいられません。縁の無かった女性は新婦側の友人できっと招かれ再会することになるのです。

披露宴へ向かう数日前に同僚から「この際話し合って復縁すれば。」と軽々しく言われましたがそうは簡単には行きません。彼女にはプロポーズして両親に承諾挨拶行って結納の日取りまで決めたのに突然「まだ遊びたいから結婚はしない。」って言われて説得して「いや。」と言われてまた説得して「絶対に結婚しない。」と宣言されて「結納だけでも。」と情けなく説得して「それも出来ない。」と言われて私は「それじゃあ君とは別れる。」って言ってあーだこーだとなり縁が切れた相手と復縁出来ます?常識的に無理でしょう。

披露宴会場でマヤを探すと少し離れたテーブルに座っていました。まあ会場の中で圧倒的にマヤは美人です。それにヤンキー特有の凄味があります。マヤは私を無視するかのようにこちらをまったく見ません。目が合えばテーブルまで行って挨拶くらいしてやってもいいのにな。マヤ、ガン無視。

宴も進みしばらくすると同じテーブルの友人がマヤに近づき何やら会話をしていました。おや?何を話しているのだ?ちょいと気になります。友人がテーブルに戻り私にマヤを指差しながら言ったのです。
友人:「あの子、まだ独身だって。お前のことを薦めておいたぞ。」
き・さ・ま、何を言う。しまった。こ・い・つは私とマヤの関係を知らなかった。
唖然、呆然。恐る恐るマヤを見ると気のせいか少し俯いています。

場所を二次会に移すとマヤとは4人席を二つ並べた対角線の端と端になったのです。私は酔いが進みそろそろ静岡から最終電車で東京に戻らねばならない時間となり思い切ってカラオケにマヤとよくディエットした曲を入れたのでした。

リクエスト曲は次の次です。もし曲がかかったらマヤはどんな反応するでしょうか?一緒に歌ってくれるでしょうか?その時を私はドキドキしながら待ったのでした。すると幹事が「ここで二次会はお開きです。三次会があるので皆さん参加して下さい。」と告げたのでした。私は電車の時間があり三次会は参加出来ません。幹事に頼みタクシーを呼んでもらったのでした。

慌しく皆席を立ち始め私がリクエストした曲が店内に流れています。直ぐにタクシーが店に到着し私は外に出ました。すると同じテーブルで飲んでいた新郎新婦と友人達が私は見送ってくれたのです。その中にマヤもいました。私がタクシーに乗り込む一瞬です。本当に一瞬だけマヤが私に微笑んだのです。マヤは私がカラオケをリクエストしたのを知っています。曲は「世界中の誰よりきっと」です。
マヤが笑顔で見送ってくれたのに私は駅までのタクシーの中でひとり涙があふれてしまったのでした。



「どこに行くの?」と聞かれたので私は「いいもの見せてあげる。」と答え車を走らせたのです。夜の高台に着くとそこは満天の星空でした。
おおぐま座のヒシャクから北極星を探しオリオン座、おうし座、ふたご座、おおいぬ座の星座と合わせてペテルギウス、シリウス、プロキオンの冬の大三角形とWでお馴染みのカシオペヤ座を教えたあげました。それから流れ星を見ようと私は言ったのです。

すると彼女が「流れ星が見えるの?」ですって。「じっと見ていてごらん。一瞬だよ。ほら今横切った。」しばらくすると「今、見えたかも。」それからは「絶対に見えた。見えた。」と何度も歓声があがります。彼女は初めて流れ星を見たと喜んでいました。
では喜んでくれたお礼にもうひとつ探しましょう。あ、見っけ。私は指差して
「ほら人工衛星が飛んでるよ。」と言うと彼女、「嘘でしょ?」嘘じゃないよ。良く見てごらん。彼女「あの星が動いているのがそう?」君も見つけたね。人工衛星が太陽の光を反射して光っているのだよ。

そして私は星空の下で彼女に光の速さから銀河系、宇宙の大きさや年齢を語ったのです。3月には二人の結納でした。でも結納はこの時の流れ星のようにあっと言う間に消えてしまったのです。






思い出

これが私の初プロポーズ失敗でした。まあ世間には「101回目のプロポーズ」なんてのがあるので私は妻と「2回目のプロポーズ」で結婚できたので良しとしますか。つくづく結婚は家と家の結びつきと思いしらされたのです。
で、生活感が無く結婚にむかないと言われていた私が次に結婚を意識したのが上野公園ででした。当時子供ぽかったちょっと生意気な付き合い始めたばかりの彼女に「こいつが俺の嫁さんになったりして。」と漠然と思ったのです。そんなことを思った自分に驚いたことを覚えています。なんやかんやありましたがその女性が妻になりました。





メグ

赤ちゃん本舗を知っていますか?

私は女性に「赤ちゃん本舗を知っていますか?」と聞かれたのです。

独身時代に行きつけのスナックがあり指名をしていないのにテーブル席に座るといつも同じ女性がつきました。
まあスナックは仕事仲間と常連になった後に時々一人で通ったのです。 そして何度かスナックに足を運んでいますとその女性と気心が知れるようになりどこか遊びに行きましょうかなんて話が出てきたのです。よくある営業トークだと思っていたのに具体的な場所TDLと来月早々と決まりだしたのでした。

その時に女性に聞かれたのが「赤ちゃん本舗」です。

メグ:「私、昼は赤ちゃん本舗で働いているんだ。赤ちゃん本舗って知っていますか?」

はあ?赤ちゃん本舗?本舗だとワハハ本舗しか思いつかん。私が怪訝そうな顔をすると。
メグ:「**さんは少なくとも子持ちではないようですね。」 はなっから私は独身って言っているだろ。さて、赤ちゃん本舗ってなんでしょうか。

今では私も子育て経験があるのでお世話になりましたから赤ちゃん本舗が全国展開しているベビー用品のチェーン店だと知っていますが当時は聞いたことがありません。

彼女が続けて
メグ:「実は私バツイチの子持ちなんだ。子供は男の子で幼稚園児。」 えええええ~。バツイチの子持ちかい。知らなんだ。
彼女は私生活は内緒にするようにスナックのママから言われていたのだけどいつか私には話さなくていけないと思っていたのですって。

さて当時私はメグと交際したかったのだろうか。たぶんね。私はメグがバツイチ子持ちと聞いて動揺しましたが平常心を装ったのです。

で、私はしばらく仕事が忙しくなり長期出張が入りお店に足が遠のき久々に訪れるとメグは辞めていました。当時は携帯もなくメグに連絡をとるすべが無くなりそれっきりとなったのです。

私にはバツイチ子持ちと一緒になった知人が何人かおります。男性が初婚で奥さんバツイチです。そしてたいていの奥さんは美人さんなのです。まあ若いうちに駄目男に騙され生活が破綻して離婚。器量良しなので真面目そうな男性と再婚とよくあるパターンです。それでお互いが幸せになれれば良いのです。

まあ私は忙しさを理由にバツイチと聞いてメグを避けてしまったのかもしれませんが。いやメグの子供と3人でTDLに行っても良いかなと考えていました。メグがお店を辞めていなかったら果たしてTDLに行っていたのでしょうか。こればっかりは分かりません。

会社の忘年会の二次会でスナックに行き彼女にビンゴの景品のマグカップを渡しました。
「いらないから君にあげる。」てな具合です。
するとメグがことのほか喜んでくれたのです。箱から取出して「貰っちゃった、貰っちゃった。」とはしゃいだのでした。可愛かったな。安物のマグカップにこんなにも喜んでくれるとは思いもよりませでした。でもちょっと恥ずかしかったです。

今月の始めに行った講習会の帰りにここ広島で「赤ちゃん本舗」を見つけその時にふとメグのことを思い出したのでした。メグはきっと再婚をしているのだろうな。 そしてあのマグカップはどうなったのだろうか。



思い出

毎日必ず夜の9時越え残業で土日も出勤の頃の話です。月の残業が150時間。このストレス発散にまあスナック等にお金を使いました。キープボトルを飲んでカラオケ歌って明け方までなんてね。
バツイチ子持ちとの結婚か。私が独身の当時はやはりなかったですね。 現在友人のラキはバツイチ子持ちですが私は妻帯者です。
ラキに電話すると
ラキ:「なんだ、離婚した報告じゃあないのか。」ですって。
私:「俺が離婚したらどうなのか。」なんてラキに聞けません。




2017年4月 7日 (金)

マイ

ゆるキャラ好き


テニスの合宿で知り合ったのがマイちゃんでした。マイちゃんは静岡の放送局の社員食堂で栄養士をしていました。ラジオのパーソナリティから社員食堂の料理が不味いと言われて腹が立ったなどと言っていました。

で、私とマイは一緒に映画を観たり、居酒屋で飲んだり海水浴行ったり花火を見に行ったりとまあそれなりにお付き合いをしていたのです。

その年の夏のことです。お互いの友人と海水浴を兼ねたバーべキュBQをしましょうとなり私の友人3人とマイの友人3人の計8人で集まったのです。もうさ、最高に楽しかったです。BQにスイカ割り水着の彼女達とワイワイキャーキャーでビーチバレー。その夜は居酒屋で飲み会までしました。飲み会のゲームで8人の相性テストをやると私はマイではなく隣に座っていた女性と相性ばっちりでした。

で、相性ばっちりの彼女に私は「では、来世で生まれ変わったら付き合いましょう。」と言うと彼女は「来世じゃなくて貴方と付き合いたい。」と真顔で言われ私は酔いがすっとんだことも楽しい思い出です。まあこの日は海水浴にBQに居酒屋と大忙しでそして彼女達を駅で見送ったのでした。

マイについて大事なお知らせ

1.シルエットがゆるキャラ:マイはひこにゃんみたいな体型でした。小さくて可愛いけど5頭身のゆるキャラです。なんだかホンワカしているのですよね。マイの友人達との水着姿を見比べて私は気付いたのでした。
2.仲間と行った海と居酒屋で私に近づいてこない:一応私とマイの二人が主催だったのにマイはいつも少し私から離れていたのです。
3.チュー失敗:仲間とのこの海の一週間前に二人で行った居酒屋の帰りに階段でチューしようとしたら拒まれたのです。
4.家が遠い:マイの家は静岡市内なので私の家から50km以上離れていました。中途半端に遠かったです。私は東京にいることも多く新幹線で会いにいったりもしました。
5.私の友人がマイに言ったこと:友人「マイちゃんて頭が大きいよね。」失礼な奴だ。マイは一言「いっぱい詰まっとる。」「詰まっている。」ではなく「詰まっとる。」だって。
6.妹から言われたこと:妹「お兄ちゃん、面白いのと付き合っているんだって?」失礼な奴だ。はい、面白いのです。

まじにマイは性格が良い子だったのにな。笑顔が可愛いし。二人だけで行った海水浴のときのマイの手作り弁当は超美味しかった。さすが栄養士です。 で、皆と海に行く前にチューくらいは済ませておいた方が良かろうと思ったのに拒まれちゃいました。こんな状況では海は中止になるかと危ぶんだけど決行となったのです。でも私はマイに嫌われたかと考えていました。海でも居酒屋でもマイは私から距離を置いていたし。

で、海の後に連絡を取らずにいたら一ヶ月位してその時の友人と遊びに出掛けていた先から電話があったのです。また皆で遊びましょうってことかい?この先マイとは恋愛には発展しそうにないので私は冷たく対応して電話を切りそれっきりとなりました。ホント、マイはゆるキャラみたいな女の子でした。

休みの日に電話に出るとマイの明るい声が聞こえました。マイ:「**(私の名前)さん、お久しぶりです。今、レイ子(海に来た一人)と山中湖に来ているんですよ。**さんが今何しているかと気になって電話しました。」ですって。

この電話を受けた私は直感で2対2のデート中だなと思ったのです。テニス合宿で他のグループの男性とレイ子が仲良くなっていたのでそいつらとでは?

で、レイ子は美人タイプなので一緒に行った男性にマイは冷たくされた、もしくは2対2のデートに退屈してきて海で私達との時の方が圧倒的に楽しかったので暇つぶしに電話したのかのどちらからでしょう。突然の観光地からの電話は不自然過ぎます。

残念だな。この時の電話が遊び先ではなくマイの自宅からだったら私の対応は変わりまた会っていたかもしれません。こうしてマイの能天気な電話に機嫌が悪くなった私は冷たくあしらったのです。まあこの先マイとは進展が望めそうもないのでお互いに良かったのでしょう。

あれ?結婚してから妻は気がつくと体型がゆるキャラに近づいていきました。私はわりとゆるキャラ好きなのかもしれません。





思い出

マイはゆるキャラ的に可愛い子でした。
映画館でマイから渡されたおせんべいを食べると激カラでした。あわてた私をマイは隣で喜んでいたのです。まあゆるしてあげちゃう。これが妻だったら私は激怒したことでしょう。
ちなみに妻のゆるキャラ体型は写真の「いちご」と「本屋」を参照してください。





カオリ

かさ

まだ私がピチピチの独身だった地元のテニスサークルの合宿でのことです。一日目の練習が終わり夜の飲み会で隣に座った女の子が私に言いました。
カオリ:「私、山田さん(私の友人)の妹のサチエちゃんと友達なんです。私が小学6年生だった時に雨の中を濡れながらサチエちゃんと下校していたら家の前でかさを貸してくれたんだよ。覚えてますか?」

私から「かさ」を借りたって。まったく私の記憶にありませんでした。つうか友人の妹だったら普通貸すでしょう。別にその子に貸したわけでもないので覚えているわけはありません。私の態度を察知して彼女は
「やっぱ、覚えていなかったんだ。」と小さくつぶやいたのでした。

飲みも進み私は調子が上がり彼女にこう聞きました。
私:「おい、このサークルの男どもの中で誰か気にいった人とかいないのか?俺が仲を取持ってあげるぞ。」
彼女はすらりとした体形の運動系でわりとハキハキとしています。私は彼女がどのような男性が好みなんだろうかと興味がわいたのでしょう。
カオリ:「前に飲み会の時にその人に告白したんだ。でもその人に俺は静岡と東京を行ったり来たりだから駄目だ、って言われた。」

さてさてこのメンバーで静岡東京を行ったり来たりとは誰だ。つうか私は一瞬で凍りついたのです。私?私?私なの?
「俺に?」
うなずく彼女。
カオリ:「これも覚えてないの?」
うなずく私。まったくもって。

次の日、私は彼女に親近感がわき何かにつれ近づき声をかけたのに呆れ返っただろう彼女は冷たく私をあしらったのです。それから3年くらい彼女とは何事もなくお互いサークル活動をし続けたのでした。




思い出

大滝温泉天城荘での出来事でした。ここは川沿いの外湯に水着で入れます。いつものメンバーではしゃいだものです。カラオケにいくといつもカオリは「コーヒー・ルンバ」を歌うのです。しぶいぞカオリ。カオリは結婚したのだろうか。ちょっと心配。大きなお世話ですね。





2017年4月 6日 (木)

ルナ

けんかをやめて二人を止めて


友人と居酒屋のカウンター席で飲んでいると入り口が開き新しいお客さんが入ってきたのです。すると私にお店の主人が「あいつがタクヤだ。」と告げたのです。私はタクヤの顔を知りませんでしたがなぜか彼は私を知っていたようで目が合った瞬間に私にぎこちなく頭を下げ挨拶をしてきたのです。あれ?彼は私を殴るのではなかったのかな。取り合えず私も頭を軽く下げて挨拶を介したのでした。

ルナはテニスサークルの仲間です。私は何度か会ううちにルナに引かれていったのです。つまりルナに好意を持ったってことです。でも、個人的にどこかに誘うってことはしませんでした。サークルで会えたまに電話とかで話せれば良かったのです。出張先のビジネスホテルでのルナとの電話の通話料が5千円だったこともあります。

サークル仲間と市外の花火大会の会場にむかうため地元の駅に着くと高校の時のガールフレンドのアトを偶然見かけました。アトはベビーカーを押してすっかりお母さんです。そのときの私の服装はTシャツ、短パン、ビーチサンダルとチャラチャラです。

この時アトとは数年ぶりの再会でした。私はアトの新婚家庭に招かれ大学時代の友人を紹介して貰い横浜に遊びに行ったのです。わりと紹介さえた女性と私は良い感じになったのにな。後日この女性には彼氏がいることが判明したのです。彼氏のいる女友達を私に紹介。そんな扱いをアトからされて以来の再会です。全く私はそんなのとは忘れていましたしアトに赤ちゃんの誕生の祝いの言葉もかけず挨拶もそこそこに慌しく改札を通ったのでした。

私達は電車に乗り会場の最寄の駅でルナ達と合流し会場までは徒歩です。私はわざとゆっくりと歩き仲間と離れてルナととりとめのない会話を楽しんだのです。途中、自動販売機で冷たい缶コーヒを一本買いルナに渡しました。ルナが少し飲んで私に返しました。ごく自然に私とルナは一本の缶コーヒを飲みあったのです。

花火大会から数日後、友人のカズ君が「お前のことをタクヤが殴るって言っているらしいぞ。」ですって。はあ?タクヤって誰?カズ君の話によるとタクヤはルナのことが好きで仲が良い私に嫉妬して腹を立てているとのこと。

なんじゃそれ。別に私はルナと個人的に付き合ったりしていませんしサークルでルナを含め皆と一緒に遊んでいるだけです。それに私からルナに付きまとったわけでもありません。普通にグループの中で一緒にいることが多かっただけです。それなのに嫉妬の対象に私はなるのか。殴るなんて公言している奴って危ない男ではないのか。まあほって置くにかぎります。

タクヤが居酒屋に現れた瞬間に店主が私に「あいつがタクヤだ。」と教えてくれたのです。実は店主は高校の同級生で私とタクヤの事情を知っていたのです。タクヤの見た目はごく普通の男性でした。私はヤンキータイプを想像していただけに拍子抜けです。
友人の店主が続けて「この店でもめ事は止めてくれよな。」とタクヤに声をかけるとタクヤはうなづいたのです。

タクヤと私は席が離れたいたので話すこともありませんでした。まあ会話するのも変ですね。しばらくするとタクヤはそそくさとお店を出ていってしまったのです。
タクヤはわりと優しい感じで人を殴れるとは思えませんでした。

その後、しばらくしてルナに電話をするとルナから「ねえ**(私の名前)さんはアイちゃんのことどう思っているの?アイちゃんと付き合えない?」と聞いてきたのです。

アイか。少し前の飲み会の後にタクシーで家まで送る途中で私に抱きついてきて アイ:「お願い、私と付き合って。」と言ってきたのでした。 あまりにも突然のアイの意外な行動と告白に驚いた私は咄嗟に
私:「俺は静岡と東京を行ったり来たりだからだめだ。」と答えたのです。
アイ:「それでもいい。」ですって。 私は君の友人のルナが好きなのだからとは言えなかったです。

ルナからアイとの交際を勧めらたことから二人は恋話調整をしたのでしょう。つまり私はルナから「私のことは諦めて。」って言われたようなものです。 残念だったな。当時は私はルナのこと好きでわりと良い仲までいっていたと思っていたのにな。

まあ、殴られるとかアイのこととか面倒臭くなりルナに連絡をとるのは止めました。そしてこの先ルナもアイもサークルに来ることもなく会えなくなったのです。なので私はルナがこの後どうなって誰と結婚したとかはまったく知りません。私はルナのことはどうでもよくなり興味がなくなってしまったのでした。

ひとりの女性を取り合い喧嘩。
ああ、こっれて河合奈保子さんの歌の「けんかをやめて」みたいですね。

♪けんかをやめて二人を止めて私のために争わないでもうこれ以上♪

あの時、お店の外に出て二人してルナを取り合い殴り合いの喧嘩をしていたら青春の良い思い出に傷は勲章になったのではないでしょうか。そして殴り合った後は二人して「お前、中々やるな。」、「お前こそ、いいパンチだったぞ。」なんて互いの健闘を称え笑い合い強い握手をしたのかもしれません。
しかし私は殴り合いをしてまで争い女性を取り合うなんてしません。殴られるのも殴るのも御免被ります。
私には似合いませんね。



思い出

このように田舎は狭くグループ交際は関係が複雑になります。
またこんなことがありました。違うグループでの話しですが友人と好みが一緒になってしいました。まあ相手の女性は私と友人両方から好意を寄せられていることに気付いたことでしょう。
その女性は友人と付き合いだししばらくした仲間の飲み会でのことです。私がトイレから出るとその子がいて
女性:「私達まだ深い関係になってないわよ。」ですって。
一瞬で酔いがふっとびました。
つうかこれは「貴方にもまだチャンスはあるわよ。」ってことでしょ。
浅かっても無理無理無理絶対に無理。
なぜなら私はへたれな平和主義者なのです。




ヒロ

ヒロとは友人のマー君が通っていたテニス教室の合宿に私も参加した時に知り合ったのでした。ヒロは美人じゃないけど笑顔が可愛いそばかすっ子でのりも良かったです。
男女4対4でTDLに行ったこともありました。実はヒロはその中のアッ君がタイプでした。でも残念ながらアッ君はしばらくすると結婚してしまったのです。

私が用事でヒロに電話をするとヒロは仕事を辞めて暇でした。ではTDLでも行きましょうかと誘うとすんなりOKとなったのです。 何でしょうか。私は彼女に多少は好意がありました。だからTDLを誘ったのでしょう。まあなにより女の子とTDLに行けるのが楽しみだったからです。

で、TDLの後は連絡もせずに3ヶ月経ち今度は読売ランドに誘うとこれもOK。読売ランドにもヒロと行ったのです。私は一緒に遊んでくれる女性がいるだけで満足なのでした。
ちなみにヒロの家は横浜で私は静岡です。遠距離恋愛もとい遠距離友達でした。

それからまた3ヶ月経ち三浦半島ドライブをしたのです。ヒロはこうして楽しく遊べる私の女友達でした。私が城ヶ島に向けて車を走らせていると助手席のヒロが急に黙りこんだのです。
そしてヒロは「今日は帰りたくない。」とぼそっと言ったのでした。

ぎょえーーーーーーー。かかか帰りたくないだと。ヒロ、君は何を言っているのだ。俺たちはそんな関係じゃあないだろう?私の心臓の鼓動は瞬時にマックスになったのです。

まったく私は無防備でした。どうしたらよいのだ。次の日はマー君達とテニスの約束をしていたのです。そのテニスには当時私のお気に入りの女の子もくるというのに。悩みました。で、帰りたくない発言には私は答えずに城ヶ島行って灯台登って食べ歩きしてまた車で移動したのです。

車中ヒロが「やっぱり帰る。」と言ったのです。えーーーーーー。帰るんかい。私は仰せのままにヒロを家まで送ったのでした。残念と安堵が入り乱れた複雑な気持ちで。

それからしばらくしてまたヒロを誘いました。でもNG。あっけなく断れました。そしてヒロとはこれっきりになったのでした。あ、ヒロが私のTDLに一緒に行った女性5人の内の一人です。

以前ラキにこの話をすると
ラキ:「すごいね。帰りたくないって言われたんだ。ホント?」ですって。
私:「ホントだよ。この時俺はどうすればよかったのかな?」と聞くとラキは笑うだけで答えてくれませんでした。

ヒロは帰りたくなかったのか。昨日妻と早朝喧嘩して「GWは帰らない。」と私は言い放ったのです。まあすぐに妻と仲直りして無事に千葉に私は帰ることになりましたけど車での移動は千葉は遠いな。だからって私は帰りたくないとは言いません。帰りますとも。




思い出

ヒロから明るく「今日はなんだか帰りたくない気分だな!」なんて言われたら。
私:「よっしゃ~。朝まで遊ぶぞ。」となったでしょう。
タラレバでヒロが「帰る。」と言わなかったら・・・。
私は「いや、今日は送るよ。」とはならなかったな。






ケイとカール

ケイとカールと私

私が20代のある日部屋にケイから電話がかかってきたのです。
私:「ケイちゃん。なに?」と軽く訊ねました。
ケイ:「・・・・・。」押し黙るケイ。

ハア?どうしたの。エッ!これってもしや・・・。コクるとかのパターンじゃないか。いやそんなことは断じてありません。なぜなら・・・。

さかのぼること2ヶ月前。
テニスサークルにマチが会社の後輩を連れてきたのです。それがケイでした。ケイは小柄で可愛いらしかったです。テニスが終わりいつもの居酒屋でのことでした。
マチ:「ケイちゃんに手を出しては駄目だよ。ケイちゃんには婚約者がいるからね。」
ええええ。なんだよー。男どものどよめきが起きました。まあケイに婚約者がいようが私にはどうでもよいことです。なので新しくサークルに加わったケイとその日は楽しく飲みました。で、ケイはその後もサークルに時々参加したのでした。

電話で婚約者がいるケイに持ち前のサービス精神旺盛な私は面白可笑しく話しかけ会話をしたのです。電話の終わりに今度一緒に食事でもしましょうかと私が誘い切ったのでした。私はこの時はケイに婚約者のことは聞きませんでした。まあ次の食事の時に聞いてみるかと考えていたのです。
お互いの予定を合わせ会社帰りに待ち合わせをして小じゃれた洋食屋さんで食事をした後で本題に入りました。

私:「ケイちゃん、婚約者がいるのだよね。」
ケイ:「親戚に勧められてお見合いをしたんだ。でも自分の人生は自分で決めたくて好きな人が出来たから断りました。」
私:「え、それって俺なの?俺のどこが良かったの?」
ケイ:「・・・飲み会での飲みっぷり。」
はあ?私の飲みっぷりが良いから好きになったのだって。まあ珍しい。聞いてみるものだ。
私:「俺、好きな人がいるのだよね。」
ケイ:「サークルのカールさんでしょ。」

大当たり。私は密かな恋をしていると思っていたのにばればれでした。まあカールは美人でスタイルが良くて明るくて私がどう考えても付合える女性ではありません。私は身の程知らずではないのです。カールが私のバイク(GPZ400F)に乗りたいといえば後にホイホイ乗せてあげて口紅の色を選んでと頼まれればもう有頂天になって選んであげたのです。まあばれるはな。

私:「カールは俺の憧れみたいなものだ。取り合えず2週間待って欲しい。カールと決着をつけるから。」
ケイ:「はい、がんばってね。」

こうして私はとうとうカールとの決着をつけることにしました。思えばカールと知り合い1年以上に亘りスキー、飲み会、テニスと彼女を私は陰ながら慕い続けてきたのです。サークルのアンケート調査表だって彼女のことが知りたくて私が発案し作成しました。カールの旅行で訪れたい場所はスペインバルセロナ、好きな作家はジョディスクランツ、テニスサークルは彼女にとってトランキライザーですって。

そんなカールに私は心を込めてソフトな恋文を書き上げ送ったのでした。 で、へんしんなし。返信無し。待てど暮らせどカールから返信は無しでした。まあ過去にガールフレンドにプレゼント付き手紙を送っても返信無し。妹の結婚式に出席した妹の友人のメイが私のことが好きだと聞いたので手紙を送るが返信無し。同じ様にカールからは返信がありませんでした。したがってケイに告げた2週間が過ぎカールのことはきっぱりと諦めたのです。

そしてケイと再び食事をし交際を私からお願いして付合うことになったのでした。ケイとはそれは楽しかったです。サークルのテニス、スキー、飲み会ではいつも私のそばにケイはいてクリスマス、初詣、バレンタイン、ホワイトデーは二人でお出掛けです。ちなみに何も無かったようにカールはサークルに参加していました。

ある日マチから私はこう言われたのです。
マチ:「ケイちゃんから、マチさんごめんなさい。私今最高に幸せですだって言われた。これからもケイのことを大切にしてやってよ。」ですって。 それを聞いた私も幸せでした。

二人で行ったスキーの帰りに私の妹の家に立ち寄りケイを妹家族に紹介したりして順調に交際は進んでいたのです。

なのに春になりケイは会社の仕事以外に休日は化粧品の訪問販売を始めたのです。私はケイとまったく会えなくなりました。ケイと会えない間は暇な私はサークルのテニスに参加していました。当然その場にカールはいたのです。

夏の暑い日のテニスサークルの後です。いつものようにケイはいません。夜の飲み会までまだ時間がありました。女子の誰かに頼まれカールが私の家のシャワーを借りることになったのです。私が先にシャワーを次にカールが浴びて部屋に戻りました。この家には私とカールの二人だけです。一体全体このシチュエーション状況って何?互いにシャワーを浴びた若い男女が一つ部屋の中です。私は過去に目の前にいるカールに振られているのです。それに私には疎遠になったといえケイという彼女もいます。

ドライヤで髪を乾かした後カールは私の部屋の本棚をのぞきました。そして一冊のアルバムを見つけ私に見てよいかとたずねたのです。私は良いよと言い一緒にアルバムを開いたのでした。

アルバムはサークルの仲間たちともちろんカールが写った写真も貼ってあります。仲間たちの面白顔を見つけては二人で笑いあったのです。ふと私の左手がカールの右手に触れたのです。
あっ、二人して驚いて顔を見つめ合い少し時間が止まったのです。で、私はゆっくりと左手を後から伸ばしカールの反対側の肩を優しく引き寄せたのでした。するとカールがそっと目をとじたのです。・・・・・・・・・。

なんてね。そんなことは一切ございませんでした。二人で写真を見ては笑い合い私とケイのツーショットを見てはカールはちょっとすまし顔をしたのです。その時は私が
私:「俺、最近ケイと会ってないんだぜ。」と言うと。
カール:「へーそうなの。」ですって。だからって私には関係ないわ、だったのでしょう。

玄関のチャイムが鳴り2階から覗くと早々とカズ君が迎えに来ました。実はカールがシャワーに行っている間に私はカズ君に早く来るよう電話で頼んでいたのです。カールと緊張せずに楽しく部屋でいられたのだからカズ君に早く来いと言わなければよかった。で、3人そろって居酒屋に向ったのでした。

その後
ケイと関係が修復できずしばらくして別れました。
サークルはカールを含め3人の女子が相次いで結婚のため抜けたので女子は年齢が若いグループと代替わりしました。

一年後にカールの結婚式の二次会に招待されました。でもサークルの男性陣の予定が付かず私は最後まで出席するつもりでしたけど一緒に行く人が居なくなり諦めたのです。カールには二次会に是非来てほしいと言われたのにな。残念でした。代わりにサークルから披露宴にお祝い電報を打ちました。もちろん文は私の担当です。

電報文面:「ウエディングベルが鳴り響く中、カールさんは幸せになるのでしょう。だから私たちサークルのメンバーはカールさんの幸福を祈り続けるのです。」
これはカールが好きな作家のジョディスクランツのスクルーブルズの文章をコーピーしたものです。すごく内容は意味深なのですよ。きっとカールは私が込めた思いに気付いたことでしょう。まあね。そのくらいの意地悪はしても良いのじゃない。だってシャワーを貸してあげたし。

あ、カールは一昨年に同窓会で私の隣に座ったユキの友人です。ユキにカールの近状を聞くチャンスだったのに同窓会にはクロト、アトが現れてそれどころじゃあなかったのです。カールにはいつかあの電報の感想を聞きたいものです。でもちょっと無理ですね。

ケイとは別れてから一度会っています。ケイの乗る通勤電車が遅れて駅に着いたので私は1号車から順に捜したのでした。ホント久々の再会です。ケイが降りる駅まで会話しました。元気そうでなによりでした。で、それから半年たったある日ケイから電話がありました。
ケイ:「東京に転勤するってホント?何年くらい?」
私:「8年。」
この時私は不機嫌でした。不機嫌な理由はケイではありません。私は望んで転勤するわけではなったからです。で、ケイに電話で嫌味ばかり言ってしまいました。これがケイとの本当の最後だったのに。あ、ケイは電話を切る直前にこんなことを言ったのです。
ケイ:「カールさんと幸せにね。」
突然のカールの名前がケイから出て驚きました。俺たち二人にカールは関係ないのだよ。しかし私はケイにすまない気持ちになったのでした。

この電話の後ケイは一年もしない間に結婚したのです。一昨年の同窓会にマチが出席していました。なぜに私はケイの近状をマチに聞かなかったのでしょう。マチならケイのことを知っているかもしれません。でもその同窓会にクロト、アトが現れて私はそれどころではなかったのです。 ケイとカール。サークルの皆でスキーに行ったときに二人は割りと仲が良かったような。笑いながら二人が雪遊びをしているのを見て私は幸せな気持ちになりました。 ケイが私に ケイ:「カールさんが雪を投げてくる。助けて。」と言いました。 私はカールに雪を投げて応戦です。そして雪まみれの3人で顔を見合わせて笑ったのでした。 遠い遠い昔のことです。
ケイ、カール二人ともどうか幸せでいて下さい。






「付き合い始めたばかりのカップルはホテルに宿泊してはいけませんか?」電話口で突然言われた私はドギマギしながら
「い、いいんじゃない。」と答えたのでした。
話によると彼女が会社の忘年会のビンゴ大会で富士急ハイランドホテル宿泊及び遊園地パスを当てたとのこと。とりあえず私は彼女に両親へのプレゼントにしたらどう?などと勧めたのですが結局二人で行っちゃいました。

富士急ホテル:だだっ広いフロントでチェックイン。中庭を散策。食事にレストランに行くと彼女は同僚と鉢合わせ。同僚も当たったビンゴで来ており彼氏と同伴でした。ちょいとバツが悪い二人。つうか若い子がお互い彼氏と宿泊とはなんちゅう会社だ。

で、同僚の彼氏君は横河ヒューレットパッカードに勤めているとのこと。当時一般にはまったくなじみのないYHPであったが私はこの会社の製品を仕事で使用していたので計測システムのGP-IB(グランドパーパスインターフェイスバス)通信はヒューレットパッカードのHP-IB(ヒューレットパッカードインターフェイスバス)をもとにしているのですね。とか、YHPの計測器は性能が良いのですが割引が8%までですから客先指定が入ると美味しくないんですよ。なんて業界用語とかで得意のおべんちゃらを言ったところ彼氏君は大喜び。「ほ~らみろ横河ヒューレットパッカードは有名な会社だろ。」とそれまで会社名をまったく知らなかった彼女に鼻息荒く自慢していたのでした。YHP可愛いやっちゃ。

で、私は横河と北辰の横河電機の方と先日いっしょに仕事しました。システムの一部に横河製品を使用していたので頼んだのでした。あ、横河電機の展示会で新宿NSビル行ってテスター貰ったこともあります。そして時代はHPです。もちろんHPはホームページではありません。ヒューレット氏とパッカード氏のお2人が創業した会社です。私とっては技術力が超高い計測器メーカだったのですが今や日本HPと名を変えてパソコン、プリンターメーカになってもうた。すごいですね。

で、富士急ハイランドは当時怨みのジェットコースター「フジヤマ」もなくしょぼかった。つうか入園者が100人いなかったんじゃないだろうか。お客はパラパラと歩いていたし見ず知らずのカップルと行き場が無い遊園地で年中顔を合わすものだからお互いに気まずく挨拶するようになってしまうぐらい人がいなかった。よくもまあ富士急ハイランドは復活したものだ。つうか復活しているよね。富士急。

で、その時にいっしょに富士急ハイランドに行った彼女は数カ月後30万円の化粧品セット販売を始め忙しく疎遠になった。そのうち「私はこの化粧品で世の中の人を綺麗にするの。」とか「ちくしょう。客をとられた。」とか言い出して勤めていた会社もやめて化粧品販売にとりつかれたようになった。販売を手伝う気がさらさらない私を罵り始め面倒なのでそれまでとなったのでした。

それ以来富士急ハイランドとは縁がなかったな。あのネーミング募集以外。そうだ娘と冷戦中だし仲直りのきっかけに富士急ハイランドに誘ってみますか。きっと我が家をセカンドネーム「WAO!」のジェットコースター「フジヤマ」が待っていることでしょう。

ケイについて。この時に一緒に富士急ハイランドに遊びに行ったケイの身長は低いです。で、可愛い。ある夜、車で彼女に会いに行くと小学生が街灯の下に立っていました。夜分こんな時間に女の子が一人でいるなんて物騒だなとその時思ったのです。車が近づくとその女の子はケイでした。この時に私はあらためてケイは小さいのだと認識したのでした。

で、胸について。胸のことを書こうかやめようか私はずいぶんと悩みました。女性の胸の話なんて下品かもしれません。でも胸の大きさは個人の特徴です。身長が高い低いとか体重が重い軽いと同じに胸の大きさは特徴なのです。それに胸の大きさは服を着ていても誰が見ても解ります。

で、ケイは大きかったです。それも芸能人にたとえられない位の巨乳です。深田恭子、上戸彩、綾瀬はるかなんて目ではありません。懐かしの細川ふみえ以上にケイは巨乳だったのです。

したがってケイはちっこいのに巨乳なのでアンバランスでした。しかし私は残念ながら巨乳好きではありません。たまたま仲良くなった女性が巨乳だっただけです。ホントに私は彼女が巨乳でそれ程喜んだりはしませんでした。これは猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏です。

そんなケイ曰く「(巨乳は)肩こりがするから悩みの種なの。」と言っていました。この他にも巨乳は男には解らない悩みが色々とあるのでしょう。なので一般人が巨乳でも巨乳好きの男性からモテる以外はそれ程メリットは無いのでしょう。私は普段の会話でも気を使いケイと胸の話はしなかったような。つうか女性と胸の話題なんてそうそうしないですね。

あ、マヤからは「私の胸が小さいのは貴方のせいだ。」って訳のわからないことを言われました。なぜに私のせい?
今回富士急ハイランドのケイを思い出してちょっと巨乳について書いちゃいましたついでにヤンキーマヤもね。





思い出

だから美人は嫌だ。カールは私にその気があるふりをしててもこっちが誘うと値踏みをする。まあね子供の頃からちやほやされればそうなるな。カール、よくもまあ独身男性の家にシャワー借りにくるわな。まあ「カールにシャワー貸してあげて。」と頼んだのは友人のユキだが。あ、カールとユキの私とケイが不仲になったのを知っての策略か。
さて、ケイについては何度か私は仲直りのきっかけを出したが不発でした。
「化粧品の販売なんてやめろ。」と言わなかった私が悪いとラキに言いました。(ラキの友人がマルチ販売にはまり私に相談してきた時の話の流れで)





カナ

リング!×3を口ずさみながら


私が20代の暇な休日、部屋の電話が鳴ったので出ると
カナから
「**駅にいるのだけど会える?」だってさ。
カナとはテニスサークルの合同合宿で知り合いました。その後は彼女の友人サチとサークル仲間の私、カズ君、マー君の5人でこちらに招いてのテニスに居酒屋、小旅行を計画してのいのしし村、修善寺の虹の里に行ったりしたのです。

カナとサチは大学生でした。二人ともに可愛らしかったですが私は少しだけカナ押だったのです。そんなカナから突然会いましょうと言われたのですよ。もう私は有頂天、大急ぎで着替えると車で**駅に向ったのでした。その時に口ずさんだのが「ドリカムのRing!Ring!Ring!」です。

駅に着くとカナがこれから下田の親戚の家まで行くとのこと。まだ時間があるから私に電話をしてみたのだってさ。嬉しいではないですか。だったら暇な俺が下田まで送ってさしあげますよってことになりまして目出度くカナとドライブデートになったのです。途中奮発してカニの専門店でご馳走しました。

で、次の日のカナは暇とのこと。だったら一緒に下田を観光して1日遊びましょう。なんか恐いくらいとんとん拍子にことが進んで行ったのです。しかし私には懸念事項がありました。カナって俺よりカズ君の方に好意があるのでは?また彼女の友人のサチは俺に好意があるのでは?でした。なんとなくですけどね。

カナは親と下田駅で待ち合わせでした。早めに私達が駅に到着すると彼女の両親はすでに駅に着いており鉢合わせしてしまったのです。しかし少しも慌てず私はご両親に
私:「**(市の名前)の**(私の苗字)です。娘さんをお連れしました。」です。

実は私は過去に突然会ったガールフレンドの母親の前から逃げ出した苦い経験があります。 なのでその時の教訓をいかし娘さんの友人として立派にご両親様に挨拶が出来たのです。

で、その夜に私は下田の叔父の家でカナからの電話を受けましたが結局明日は親戚と出掛けるとのこと。まあね、残念ですがしかたがありません。


数日して彼女の家に電話するとカナはニュージーランドへサチと卒業旅行ですって。彼女の帰国を待って千葉の公衆電話から静岡のカナ家まで掛けると延々とニュージーランドの旅の話を聞かれたのです。新品5千円テレカが残高0円まで旅話を聞いてやりました。
で、やっとこ私がカナをデートに誘うとサチと一緒とほざきやがった。最後にはカズ君は元気かな?だって。なんだよ。最初からカズ君狙いだったらそうしろよ。それにサチを宜しくだって言われたのです。今更俺はサチをどうすれば良いのだ。

まあ旅先で二人は恋話調整したのでしょう。カナとサチとはそれっきりとなったのです。

当時このことを心が狭い私はカズ君に「カナはお前に気が有るみたいだよ。」って教えてあげませんでした。だって悔しいじゃん。引っ付きたかったらお互いでなんとかしろです。それにカズ君はモデルになった幼馴染が私のことを何年も好きだったことをリアルタイムで教えてくれなかったのでこれでお相子です。ただ今更
ですが私はサチとカズ君はカナとお互いに楽しく付合えていたかもしれません。
あの日の電話がカナからではなくてサチからでしたらきっとね。

このブログを書くのにネットの動画で久々に「Ring!Ring!Ring!」を聞きました。懐かしいな。カナもサチも笑顔が可愛かったな。天真爛漫な二人に振り回されてばかりだったけどそれが良かったし楽しかった。きっと彼女達は幸せな人生を歩んでいることでしょう。私は「Ring!Ring!Ring!」を口ずさみながらご機嫌な気持ちで当時を思い出すのです。


思い出

当時カナはカズ君を誘って断られるより好意をよせているだろう私に電話したのでしょう。うんで友人のサチと恋愛調整してやっぱりカズ君に気持ちが落ち着いたってことです。だからと言って私は怒っていません。みんなで遊んだことが楽しかったからです。二人ともノリがよくて元気で可愛かったな。青春だったじゃん。



2017年4月 5日 (水)

ユイ

私がTDLに一緒に入園した女性はグループを除き5人です。もちろん妻もその中の一人です。5人か。多いやら少ないやらなんとも中途半端な人数ですね。

もちろん結婚してからはありません。ラキと未遂一回。 その6人の中で箱入りメガネっこユイについてです。ユイは同僚の彼女の友人でした。海岸でバーベキューをした時に紹介されて仲良くなったのです。 で、彼女とのお約束。「絶対に家に電話をしないで。(父が厳しいから。)」でした。
彼女の年齢は23才でまだ親の監視があるのかと思いました。

そんな彼女との連絡は同僚に予定を伝え同僚の彼女からユイに伝わりその逆で私に戻るとなんとも面倒なやり取りをしていたのです。また二人だけで会うのが父にばれると困ると結局同僚カップルをいれた4人でのお出掛けです。なんともはやでした。

したがってまったく彼女と私の距離は縮まりません。まあ当時私は仕事が忙しく余裕が無かったからそれでも良かったような。で、ユイはまだ一度もTDLに行ったことがないとのこと。そこでいつもの4人でTDLに行くふりをするため前の晩に同僚の家に同僚の彼女も一緒に泊まり早朝ユイと二人で出掛けたのです。面倒臭い。これが二人だけの始めてのデートでした。

もちろんTDLではお互いはしゃぎました。で、ユイの門限もあるので早めに家に送ったのです。それから何度かユイが夜家を抜け出して公衆電話で私と話したのでした。

ある日のことです。二人だけのデートの待ち合わせ場所で私が待っているとユイが現れませんでした。同僚に連絡がつかず結局4時間待ち私は帰宅したのでした。
で、夜に事情を同僚に話すと折り返し連絡が入りユイは日にちを勘違いしていたとのこと。なんともはやです。

それから私はユイを誘うことはやめたのです。ユイとまったく連絡しなくなり一年近く経った時に同僚に結婚式に招待されたのです。同僚は気を利かしたつもりか私の席の隣はユイでした。私が挨拶しても話し掛けてもユイはぎこちなく一言二言返すだけです。まったく会話になりません。重苦しい雰囲気に包まれていたのです。

まあ同僚からスピーチを頼まれていたのでスピーチが終わるまでは私も超緊張していましたが。で、ユイと何事も無く私は帰宅したのです。 で、新婚旅行から帰った同僚が私し「ユイちゃんとどうでした?寄りが戻りましたか?」と聞いてきたのです。
私は「いや、彼女に話し掛けてもまったく相手されなかたぞ。」と言うと同僚は少し怪訝そうな表情になったのです。

それからまたしばらくして同僚が私に「ユイちゃん。当日**さん(私)のことがかっこ良くて緊張して話せなかったんだって。」と言ったのです。

ユイは私がかっこ良くて話せなかった?普通なら冗談だろと考えますがその時は妙に納得したのです。なぜなら時々このように私がかっこ良いと言う女性が現れたからです。

人の好みは千差万別とはよく言ったものです。ユイとはそれっきりでした。ユイが結婚したって話も聞いていません。あの箱入りようでは難しいではないかな。でも私も娘を持つ身となりユイの父親の気持ちがよくわかります。

ユイがTDLに私がデートで行った5人の内の一人です。TDLの帰りしな雨に降られて二人走って駐車場に戻ったな。車に乗り込み互いの濡れた顔を見て笑い合いました。

本日のTDLは雨が降っているようです。そんな雨の春休みに息子は友人(男)とTDLです。早く息子はガールフレンドとTDLでデートしてもらいたいものです。娘のTDLはグループ(女性)でね。



思い出

ユイは超箱入り娘でした。彼女の父親は娘の幸せをどう考えていたのでしょうか。娘を持つ親になった今、ユイの父親は異常に思えます。ユイもこの束縛された状況から抜け出さないと結婚どころか恋愛さえ出来ません。まあTDLは楽しかった。
あと、本当に時々この私を「カッコイイ」と言う女子があらわれます。私は冗談だろうと思えてなりません。
まあ結婚してからはありませんが。




タエ

二姉妹次女と


部屋で寝っ転がっていた私に父が「おい、酒屋の笹山の親父さんがお前に長女か次女を貰って欲しいと言って来たけどどっちにする?二人ともお前のことが好きだってよ。」
私「じゃあ、妹。」と私は余り考えずに即答したのでした。

姉の方はイメージがありませんが妹のタエちゃんは時々見かけたような。ただし見かけたのは5年も前です。当時学生の私が庭でバイク(赤のZ400FX)をいじくっている(洗車、BEET製集合管の錆び止め、BEET製バックステップの調整)とタエちゃんがダックスフンドの散歩をして目の前を時々通りました。その時に軽く挨拶はしたかな。

あ、タエちゃんの散歩コースは私の実家をぐるりと廻るのでした。私は不思議な散歩コースだなと当時思っていたのです。タエちゃんと私は5才は離れています。したがって彼女の印象は赤いランドセルを背負った女の子です。

しばらくすると父が私に「笹山さんにタエちゃんと伝えておいたぞ。それとタエちゃんはお前のことをよく駅で見かけているそうだってな。」はて?まったく私には心当たりがありません。「いや。知らんな。」とだけ答えたのでした。

それからなにごともなく過ぎていったのです。ある日帰宅中の駅でタエちゃんとばったりと出くわしたのでした。ちょっとぎこちなくお互いに挨拶をしてからあれこれ話をしたのです。

まず初っ端タエちゃんは駅で見かけたことを知らないと言われて「ショックだった。ショックだった。」とショックを2度も言ったのです。俺俺親父は私の言ったことを先方にそのまま伝えたのか。デリカシーのかけらもない。私は平謝りです。

そして会社や仕事のことを話したかな。こうして小一時間位タエちゃんとのファーストコンタクトを果たしたのです。

タエちゃんはごく普通の良い子でした。特別美人と言うわけではありませんが可愛らしい子です。それからまた何事もなく過ぎていきました。私は当時仕事が忙しく出張も多いのでタエちゃんに連絡はしませんでした。まあそのうちに父から何かタエちゃんのことを言ってくるのかとも思っていたのです。ほったらかしです。たぶん好かれている余裕だったのでしょう。

タエちゃんと駅で話してから何も無く一ヶ月以上経った休日のことです。私が自宅の庭にいると一台の車が通りかかったのです。その車の助手席にタエちゃんが乗っていました。車は若い男性が運転しています。一瞬私と目があったタエちゃんはひどく驚いていました。そして車はそのまま通り過ぎてしまったのです。タエちゃんはデートの途中だったのでしょうか。

それからしばらくして父から「タエちゃんは姉妹だし後々向こうの親の面倒をお前が見なくてはならないから止めとけ。」と言われたのです。まあ私はタエちゃんのドライブデートを目撃しているので「ああ、わかった。」とだけ答えたのでした。

その後はタエちゃんとはまったく会うことがありません。その数年後にタエちゃんは結婚したような。姉の方はその後も何度か見かけましたが完全に私は無視されたのです。まあね、姉の心情を考えればあたりまえです。つうか最初に私は姉を指名していればどうなっていたのでしょうか?こればっかりは分かりませんね。こうして私は知らない間に赤いランドセルの女の子から好きになられて知らない間に振られてしまったのでした。




思い出

これまたタエちゃんは私に憧れていたのでしょう。実際の私を知ったら幻滅したのじゃない。「ショックだった。ショックだった。」悪いこと言っちゃったな。タエちゃんは会社員の旦那さんと滋賀県に暮らしているとのこと。
お姉さんとは今年の正月に会っています。自宅から彼女が手伝っている実家の酒屋さんまで世間話をしながら楽しく歩きました。実はちょこっと緊張。




レイ

レイ

友人がテニスサークルの飲み会の時に私に「もう何年も前かな。お前の家の近所に住んでいた河吉レイと会ったんだよね。」と話し出したです。
レイちゃんか。私が中3の夏に引っ越していった子だ。
友人は話を続け「皆で集まって飲んだときに彼女がいてな。彼女モデルの仕事をやっていたんだ。それでな彼女に誰か好きな人がいる?なんて話になったときにお前の名前を言ったんだぜ。あまりにも突然お前の名前が出たからびっくりした。お前らどんな関係だったんだよ。」ですって。
私はそれには答えずにんまりと笑ったのでした。そして私はその数年前の母との会話を思い出したのです。  

母:「***(私の名前)、レイちゃん覚えている?綺麗になっていたよ。この間偶然会った時に結婚はしたの?って聞いたら。レイちゃんが「私なんて貰ってくれる人はいないわ。」って言っていたよ。」と話したのでした。
その時は私はレイちゃんとはまったく関係ないので母に「さようか。」くらいの受け答えをしたのです。しかし友人の話を加えるとこうなります。彼女が私のことが好きなのでその好きな男性の母親からの結婚についての質問に「貰ってくれる人はいない。」=あなたの息子さんはどうですか?って答えているのと同じじゃあないですか。
したがって母は自分の独身の当時まったく女っけが無い息子をレイちゃんに結婚相手として薦めるべきでしょう。

我が母はなんて鈍いのだ。こんなことだから俺俺詐欺に引っかかるのだ。それだけではない。思い出しました。近所の女の子が成人式に我家に来た時に私は2階にいたのに呼ばれなかった。数年後にその親御さんが俺に娘を嫁にどうかっと聞いてきたじゃん。後々聞くとその子も俺のことがずーと好きだったって。つまりあの時に俺に晴れ着姿を見て欲しかったに違いありません。二階にいた私に声をかけないなんてなんと気が利かない母親だ。

  話は戻りモデルのレイちゃんは実は私の2才下の妹の同級生です。また母親同士が仲がよく私は小4くらいまでお互いの家で遊んだのでした。今思い出すに妹抜きで二人だけでよく遊びました。しかし私はレイちゃんを恋愛対象とみてはいませんでした、妹のような感情で接していたのです。まあレイちゃんは子供の頃から可愛かったです。そのレイちゃんが大人になっても私のことが好きだったとは驚きです。  

ここで私の恋愛観についてです。私は基本コミニケーションがとれない相手を好きになることは有りません。なので会話が出来ないアイドルとか芸能人を好きになることは無いのです。相手の容姿だけでは決して恋愛感情は起きません。したがって片思いで相手のことを一途に思い続けることは出来ないのです。

  レイちゃんと遊んだのは私が小4で彼女が小2その後は道で会った時に軽く挨拶だけそして彼女が引越しして約10年後にまだ私が好きだって言っていたのです。

レイちゃんはおとなしいイメージでした。そのレイちゃんが私に対して2度勝負に出たわけです。1回目が私の同級生の友人に私が好きだと告げたことです。つまり友人から私に気持ちを伝えてもらいたかったのです。 残念ながらその頃はこの友人と私は連絡を取り合っていませんでした。もし仮に連絡がとれてもどうですかね。わざわざ連絡して二人の間を取り持ちますかね。私はしません。同じシチュエーションでとある女性が友人のことを好きそうだと知りましたけど私は友人に教えてあげませんでした。私がその子に好意を持っていたからです。
友人はもしかしてレイちゃんのことを私に伝えなかったことに負い目を持っているかもしれません。私も友人に伝えていませんのでお互い様です。あ、私が友人の奥さんになった人に好意をもっていたことが一時期あったことは別の話です。まあこのことは友人も知っていますし。

レイちゃんの勝負の2回目が母との会話です。レイちゃんはもっと具体的に我が母に伝えるべきでした。勇気を出して私の状況を尋ねるとかですね。あ、レイちゃんはこの時点で私に友人から気持ちが伝わっているのか不明です。もし伝わっていたとしたら何も私からアクションがないのでふられたと思っていたかもしれません。
わ、母親にレイちゃんの話を聞いたときになぜに私はそっけなかったのでしょうか。まさか好かれているなんて思ってもいませんでしたからね。つうかやはり私にとってレイちゃんは妹みたいな存在です。

  夏の夕方でした。チャイムが鳴ったので玄関を開けるとレイちゃんがぽつりと立っていたのです。
私は「***(妹の名前)はまだ部活から帰ってないよ。あ、レイちゃん引越しするんだってね。」と言ったのです。するとちょっと間があいてから「はい。また来ます。」と言うやくるりと背を向けて白いワンピースの女の子は走り去ってしまったのでした。
私は元気でねと言う間もありません。あっけなくそれっきりだったのにな。幸せに暮らしていることを祈ります。



思い出

憧れ。まあレイちゃんの私への思いは憧れなのでしょう。まったく接点がなく挨拶程度となった相手に好意を持ち続けるなんて不思議です。あ、妹の友人でもう一人私に憧れていた子がいました。メイちゃんです。妹からどう?って言われたのでその気になって手紙を書いたけど返事がこなかったっけ。なんだったのだろうか。まあメイも美人でした。




優香


幼馴染の女の子

父から「優香ちゃんが来月結婚するそうだ。お前に結婚式の2次会に来て欲しいて言っていたぞ。必ず行ってやれよな。」と言われたのでした。私が24才のころです。

優香ちゃんは私の幼馴染の女の子でした。物心つくと彼女はいつも隣にいるのです。小学2年まで手をつないで学校に通い休みの日も一緒に遊びました。また親同士が友人なのでお互いの家を年中行き来していたのです。なので優香ちゃんは一番のガールフレンドであり当時大人になったら僕のお嫁さんになるものと思っていたのです。

それが小3のクラス替えで別々になり段々と一緒にいることが少なくなりました。それでも私は優香ちゃんにとって僕が一番の仲良しと思っていたのです。そんなある日優香ちゃんが私に話したのです。 優香:「クラスで好きな子の名前を書くことになって八代君の名前を書いた。」ですって。

えー僕じゃあないの。八代君って誰?私は八代君を見に行ったのです。すると八代君は背が高くお坊ちゃまタイプです。その頃の私はチビでヤセでした。そして気付いたのです。女の子にモテる男子は背が高いとかかっこ良いとか頭が良いとか運動神経が良くて足が速いとかです。私には一つも当てはまりません。それから優香ちゃんの心が私からみるみる遠ざかっていったのです。

あれだけ仲が良かったのに優香ちゃんとまったく会う事が無くなりました。小学3年で私は自分がモテないことを悟りこの先はクラスのおちゃらけ者になっていったのです。そしていつしか私は優香ちゃんを意識することがなくなりました。なので中学で一度同じクラスでしたが彼女の勉強方法が早起きしてやるなんて言っていたことそんなどうでもよいことが彼女に関する記憶です。

それなのに高3で優香ちゃんからクリスマスプレゼントを貰ったのです。余りにも突然に紙袋を「ハイ。」と手渡し私があっけにとられている間に彼女は行ってしまったのです。紙袋の中身はマフラーとメッセージカードでした。カードには「メリークリスマス優香」とだけ書いてありました。かなり動揺しました。

なんのまねだ。俺にガールフレンドが出来たのを知っているだろ。私はプレゼントのお返しはしませんでした。

それから彼女と何も無くお互いに進学し社会人になり一度だけ道で偶然会ったことがあります。その時優香は
優香:「東京で仕事しているんだってね。会う度に遠くに行ってしまっているのね。」と言われたのです。私は心の中で最初は君が僕から遠ざかったのにとつぶやいたのでした。

優香の結婚式の二次会に出向き彼女にお祝いの言葉と花束を渡しました。
優香から私は旦那さんに「私の幼馴染で許婚だった人。」と紹介されたのです。
おいおい許婚はよけいだろ。そこで私は「はい。見事にふられました。」とおどけて答えたのです。すると優香が「バカ。」と言って小突いてきたのです。
優香は素敵な女性になっていました。それだけで私は幸せな気持ちになれました。幼いころはいつも一緒にいた優香ちゃんはこの日本当に遠くに行ってしまったのです。さようなら、僕のお嫁さんになるはずだった女の子。

男として幼馴染の結婚を見届ける。父が必ず行けと言った意味がなんとなく解ったのでした。



思い出

叔父の結婚式(披露宴)に優香ちゃんも招かれて大広間に二人ちょこんと並んで座りました。一緒に新郎新婦にお屠蘇を注ぎます。緊張しました。いつか優香ちゃんとこのような結婚式を挙げるものと思っていたのにな。それが縁もゆかりも無い千葉の妻とか。人生は不思議です。




2017年4月 4日 (火)

静江

静江の午後3時  


静江が亡くなってからもう2年経ちます。静江は私が新入社員で入社した時の部の事務員でした。どこが気に入られたかわかりませんが私は静江からいつも冗談ぽく「好きよ。」って言われるようになったのです。

私も満更ではなかったけどつきあっていた彼女もいたしなにより静江のことを同じ部の先輩が好きだと知っていたので相手にしませんでした。飲み会で隣になったときに静江にテーブルの下で手を握り続けられたこともあります。でも私が転勤すると彼女とはそれっきりでした。

そのうち先輩も静江も退職です。ある日先輩から結婚式の招待状が届いたのです。思ったとおり先輩の結婚相手は静江でした。お祝いの電話を入れると先輩から「静江が結婚式にどうしてもお前のことを招待しろと言うんだぜ。ぜひ来てくれよな。」ですって。

結婚式のウエディング姿の静江はそれは綺麗でした。静江にお祝いを述べると本当に嬉しそう私も幸福な姿を見られて良かったです。それから先輩はお子さんにも恵まれて幸せな家庭を築いていたのです。もちろん先輩には私の結婚式に出席して頂きました。

一昨年の11月です。先輩から喪中はがきが届いたのです。亡くなったのは静江でした。信じられませんでした。12月に先輩宅を訪れ仏壇に焼香した私はぼろ泣きになりました。いや玄関先で先輩の顔を見たとたん涙があふれ出たのです。静江は3年もの間がんで闘病生活だったこと。最後は抗がん剤の影響で口の内が炎症して何も食べられずに衰弱していったこと。先輩の話に涙が止まりませんでした。あの日から私はおかしくなっていたのです。

午後3時になると部員にお茶を配りおえた静江が私の横の椅子に座りドラフター(製図機)で作図している私を見ていました。そしてとりとめのないおしゃべりをしたのです。私はこの時間が楽しみでした。時々静江が小さな声で「好きよ。」とつぶやくのです。私は本当は嬉しいくせに不機嫌そうな顔で変なことを言うなと静江を睨みました。すると静江は小さく手を合わせてごめんなさいのポーズです。そして二人して微笑んだのでした。  

写真の君はあの時の笑顔のままだったね。今年僕は君の年に追いついたよ。君はもうこれからもずーとかわらないんだ。ずるいよ。さようなら、静江、僕のたった一人のおねえさん。



思い出

静江から頼まれたので彼女の写真見せてあげると
静江:「キャッ、可愛い!」と言ってすねたのです。 写真の二人はおそろいのスエットパジャマみたいな上下の服を着ていました。彼女からの指輪が机の引き出しから消えた犯人は静江では?と考えていましたが聞けず仕舞いです。





タカ

指輪は切れたのに


いつもの喫茶店で突然彼女のタカが
タカ:「私、**(信者)」なの。」だって。
私:「**ってなに?」
タカ:「やっぱり知らないんだ。」

私は**を当時本当に知らなかったのです。なので彼女がどんな神様を信じていようとかまいませんでした。私は無神論者ではないがまあ一般的な日本人の宗教観ですね。お盆は墓参り後に家に来るお寺の和尚さんのお経を聞いて、家族でクリスマスパーティー、神社に初詣、妻との結婚は神前で祝詞を読みました。私は神様なんでも御座れです。
当時信者の彼女と交際が進むとわりと色々と厄介なのでした。

厄介事
・お泊りが駄目:朝晩二回のお勤めがあるからだって。
・神社仏閣巡りが駄目:近づくだけで彼女は頭痛がするのだって。
・休日に勉強会参加:折角の休日に会えんはな。
・写真の展示会に参加:付合わされた。競技場に整列して演技している写真を見て北朝鮮のマスゲームみたいって言ったら彼女に激しく怒られた。
・彼女の部屋に大きな仏壇:家族で彼女だけが信者でした。
・彼女の両親が私に警戒:当初私も信者だと思われていた。**を両親は毛嫌いしていた。
・給料の3%だかを献金:すごいシステムだと関心した。

彼女が入信したのは祖母が亡くなってから体調不良になったときに知人の信者に誘われて助けてもらったからだそうです。
まあ、私が始めて家に遊びに行きタカの部屋の高級そうな仏壇を見たときはびびりました。狭い部屋を仏壇が圧迫していたからです。きっと地震がきたら仏壇に押しつぶされてしまいます。

私はタカの信仰に寛容でした。タカの信仰について上記厄介事はありましたが許容範囲だったのです。しかしタカは違いました。だんだんと私に入信するように働きかけてきたのです。勉強会に誘われたり普段の会話で教えを説かれたりしだしたのです。で、タカから「なんで一緒に信心してくれないのよ。」と言われるようになりました。

すると私も反発してちょっとかじった知識で彼女に反論したのです。「心だに誠の道にかなひなば、祈らずとても神や守らん。(菅原道真)」とか「宗教的自愛の曖昧さについて」とか「朝晩のお勤めに俺の名を一緒に唱えろ。」なんて言いました。

そして
タカ:「告白されたけどどうしたらいい?」
私:「相手は信者か?」
タカ:「そう。」
その後は二人して泣きながらの別れの電話になりました。私は公衆電話のボックスから寮の部屋に戻りガラスの灰皿で写真や手紙を焼いたのです。すると灰皿が熱で真っ二つに割れたのでした。

別れた一年位後に友人からタカが結婚したと情報が入りました。相手は私にそっくりだそうです。私はタカの新しい苗字もどこに住んでいるかも知りません。遠い遠い昔の話です。

タカとの待ち合わせは「喫茶キャントピア」でした。彼女と遊び始めのことです。キャントピアで彼女のしていた指輪を借り私はおどけて自分の指にはめてみたのです。さて外そうとしたが指の節に引っかかりどうにもこうにも抜けなくなりました。すると見る見るうちに指が膨らんできたのです。超焦る私。店員に切断工具のニッパがあるか確認するとあるとのこと。タカに言いました。
私:「指輪を切ってもよいか?」
タカ:「いいわ。」
店員にニッパを借り私は指輪を切りやっと外せたのです。恐る恐るタカを見ました。怒られるのは覚悟のうえです。するとタカが
タカ:「すごいよ。この指輪は前の彼から貰ったんだ。それをたち切ってくれた。」
ですって。

あれま。怒られるどころか喜ばれちゃった。こんなこともあるのだな。この指輪は私が譲り受け会社の机の引き出しの中にしまっていましたがある日気付くと失くなっていたのです。タカに正直に失くしたことを告げるとあきれ返られたっけ。私は彼女の元彼からの指輪は切れましたけど神様とのことは最後まで切ることが出来なかったのです。



思い出

当時の私のデートの定番がパチンコ屋さんでした。で、けっこう勝ったので中華料理を食べにいったのです。料理を頼み放題。
タカ:「こんな贅沢な料理をおばあちゃんにも食べさせてあげたかったな。」
おばあちゃん子の私はタカは良い子じゃんと思ったのです。
ちなみにタカを喫煙者にしたのは私。




ミサ

めだかの兄妹の替え歌

ナンパした4人組の女子。その時のルールは女子に順番(可愛い子順)で付合う男子を選ばせるでした。で、可愛い子ちゃん一番のミサは私を選んだのです。やったね俺、有頂天。どこの高校なんて話になるとミサに代わり他の女子が「ミサは高校通ってないんだ。働いているんだよ。」ですって。

えええええええ、今時中卒かよ。(すみません、その時の正直な感想です。)ミサはホテルのフロントの仕事をしていました。私はまあ中卒でもいいかとその後もミサと付合ったのです。ミサが中卒なのは家庭が貧乏とかの事情ではないような。ミサの父親は公務員でお金には不自由していないのです。ではなぜに中卒?結局私はミサに訊ねることはしませんでした。私にとって中卒はさほど問題ではなかったからです。

ある日仲間内でこんな歌が流行っていると聞かされました。

わらべの「めだかの兄妹」の替え歌で

♪***(私の苗字)の彼女は中卒で、大きくなったらなんになる?大きくなったら女子高生、大きくなったら女子大生。チュンチュン、チュンチュン、チュンチューソツ、チュンチュン、チュンチュン、チュンチューソツ。だけど大きくなーっても。中卒は中卒。チュンチュン♪

あの高校からの友人ですのでこんな歌を平気で作ります。まあ怒っても始まりません。同じ様なことを仲間達に私も日頃言っていたからです。

交際したミサの欠点は時間にルーズなことでした。私との待ち合わせに時間通りに来たためしがありません。いつも私は30分以上待たされるのです。もちろんその度に私はミサを叱ります。でも一向に改めないのです。仲間内ではこの私の態度がミサが中卒だからと決め付けていました。「お前、中卒って聞いてからあからさまに態度が変ったよな。」と言われていたのです。 そんなことはないのにな。

ミサの遅刻のせいで映画は次の回まで無駄に待つことになります。友人達と一緒に遊ぶ時もミサだけ時間通りに来ずに私は恥ずかしいやら情け無いやら腹立だしいやらでした。そこで次に遅刻したらもうこの先合わんとまで言ったのにな。次も平気で遅刻。もうさ完全に嫌になったよ。

仲間から:「おい、ミサと別れたんだってな。」と言われました。
私は、「ああ。」とだけ答えたのです。
遅刻以外はミサと会えば楽しく付合えたのに。あの頃は自分の彼女が中卒でも構いませんでした。あの頃はですけどね。
父親となった今、将来私の娘と息子の交際相手が中卒だとしたらどうでしょう。親として簡単には交際に賛成出来ないかもしれません。人柄が一番大切といわれてもね。そんなものです。あ、時間にルーズなのはいけません。



思い出

二人でボーリングにいったときのことです。そのボーリング場は点数つけが自動ではありませんでした。点数つけをミサにやらせたらまあ暗算が遅い。思いっきりからかったらミサ泣いちゃった。ボーリング場で女の子を泣かす。私はなんてひどい男だったのでしょう。




2017年4月 3日 (月)

クロト

クロト

一昨年(平成25年1月)の同窓会でクロトに「俺からの電話になぜに出なかった?」と訊ねたところ
クロト:「あの頃いたずら電話が多くて祖父の電話と番号を代えていた。」と言われました。
私がクロトの家に何度か電話しても当時クロトは出てくれなかったのです。
はあ?なにそれ、意味が不明。私は唖然としたのでした。

二十歳のクリスマスの日にクロトから誘われたコンサート。てっきり私はクロトとの初デートだと思っていたのに私はコンサートに出演する元彼への当て付け役だったのです。クロトにとって私は利用するだけの存在で好意を持たれているなんてありません。私は当時自分がさえなくもてない男だと自覚していました。それにひきかえクロトは可愛らしかったのです。

コンサートと私が誘った映画の後の喫茶店でクロトから訪ねられました。
クロト:「なぜコンサートに付合ってくれたの?」
私:「暇だから。」
クロト:「彼女はいるの?」
私:「いるけどお互いに干渉はしない関係。」
クロト:「何歳位で結婚したい?」
私:「28才(後8年はしません)。」
どうせ俺は利用だろ。ふてっくされていた私は適当に答えたのです。またこんな回答がかっこいいともお馬鹿さんの私は思っていたのでした。それと私にはあの時は彼女がおり簡単単純な恋愛をしていたのです。

クロトを家までバイクで送る前にスカーフを首に巻いてあげました。で、夜の街をバイクの排気音を轟かせ走ったのです。
街灯の明かりが流れる中をクロトが小さな声でつぶやきました。
クロト:「このまま、死んでもいい。」
背中に感じる小さなクロト。私はクロトが愛おしくなりました。俺を利用したのだって良いじゃないか。これから付合っていけば良いのです。
で、その後は一切クロトとは電話がつながらずスカーフも知らない間に戻って来たことでクロトは俺の顔も見たくないってことかと考えたのです。

そしてクロトは友人達とあのコンサートの事を笑い話にしているのではないか。私の妹に「お兄さん、彼女いるよね?」って訊ねたことからもあのことを妹も交えて楽しく話しているのだろう。クロトの旦那から誉められたことでああコンサートの話しだと腹立だしく思ったのです。皆であのコンサートことを笑っている。クロトは俺を利用しただけではなく笑いものにしているのかと考えていました。

なので95年の同窓会では笑い話であるコンサートのことを皆に話ました。その同窓会から数日してクロトからの手紙にコンサートのことは二人だけの秘密と書いてあったのです。ちゃんちゃら可笑しいです。皆で俺を笑い者にしていたのだろに。なぜなら私は小学生の頃からそういうキャラクターです。クラスのおちゃらけ班でいじられ者です。君が俺に好意を寄せるなんてことはあるわけがないのです。秘密の話し?少なくとも君の旦那さんは知っているだろう。

昨年のクロトからのeメールの「デコ(私)のことが好きだったよ。」に私は歓喜しました。クロトは私を利用しただけでは無く私は好かれていたとは。しかし冷静になり考えるとクロトは今だから昔を美化してそう思えているのではないかしら。思い出フィルターで私とのあの日の楽しかった記憶しか残っていないのでしょう。それはそれで良いのです。

夜遅くなった娘の帰りを仁王立ちで待ち構えていたクロトのお母さんの前から私は恐くなってクロトをバイクから降ろすやいなや一目散に走り去ったのです。こんな男と付合いたいと思う女性がいるわけがありません。

小学生の頃から知っているなんの取り得が無い男子。付合うなんて思わなかったのでしょう。だって俺と付合っているなんて知られるとお笑いものです。でもねクロト、こんな俺をコンサートの同行相手に選んでくれてありがとう。そして昨年の5月に一ヶ月間だけだったけどメル友になってくれて本当にありがとう。

クロトは俺のことをメールで「ずっと、友達だよ。」って言ってくれたね。君にとって今でも俺は友達かい?もうひとつ君に質問があるよ。君があの日つぶやいた「このまま、死んでもいい。」は「I love you。」だったのかい?最近二葉亭四迷がこう訳したことを知ったよ。でもこの答えを君に訊ねてみることは出来ないけれどね。



クロトと私

私が20代まん中の頃の飲み会でのことです。友人が私に「お前と同じ高校だった北沢って覚えているよな。その北沢と先週いっしょに飲んだんだけどその時になぜかお前のことを「良いやつだ。良いやつだ。」と褒めていたぞ。なにがあったんだ?」

はて北沢とはそれほど会話したことはないし最近も会ったことさえない。私には褒められる理由がまったく思いつきませんでした。
友人は話を続けました。「それと北沢が今度結婚するんだって。で相手はクロトだって。」私はクロトの名前を聞いた瞬間手にもっていたグラスを危うく落としてしまうくらいの衝撃をうけたのです。
「クロトって同級生の中山クロトか?」「そうよクロトちゃん。」私は友人に動揺を悟られぬよう冷静を保ちました。またこの話題に興味が無いようなそぶりをしてやり過ごしたのです。クロトよなぜ北沢とだ。コンサートの元彼はどうした。それとクロトよいったいどのように伝わり俺は良いやつになってしまったのだ。良いやつ=お人好しの暇人バカ、なのか。

さかのぼることさらに5年前です。
バイト先の喫茶店に訪れたクロトにコンサートに誘われ私は有頂天になりました。でもコンサートは元彼が出演でその元彼からクロトにチケットを2枚送ってきたものだったのです。まあ、元彼としてはクロトに未練があったってわけです。様子見のチケットですね。しかしクロトはもう元彼とはよりを戻さない決意をこめて演出のために私を誘ったってことです。

クロトは私に言いました。「誘う相手は誰でも良かった訳じゃない。元彼と私のことを知っている人は誘えなかった。」つまり誰でも良かったのです。別に私に好意を懐いていたわけじゃなかったです。だーれでも良かったのだ。暇そうでひょいひょい着いて来てくれそうで後腐れなさそうな無難な男ならだーれでも良かったんだ。

誰でもよい私はクロトの元彼が出演したコンサートを観て映画を観て喫茶店で話してその日バイクで夜中に送るとクロトのお母さんが仁王立ちでお出迎えでした。あわててクロトを降ろして私はバイクで走り逃げたのです。今考えるとクロトとのお話はここで終りだったのです。クロトにしても元彼に対しての当て付けのお役目はすんでしまったのだから。

そんなこととは露とも知れず私はクロトを誘うためにその後間隔をおいて何度か恐ろ恐ろクロトの家に電話したのでした。でも電話はつながりません。今年の1月にです。この電話がつながらなかった事を問い質すと当時いたずら電話がよくあったから切替えていたとか余り訳がわからない事をクロトは言っていました。いやつながったときもたしかありました。でも本当に居なかったのか居留守なのか取次ぎ拒否されていたのかクロトは私からの電話に出ることはなかったのです。

まあ私と連絡を取りたいのであればバイト先に来るだろうと思い待っていましたが結局この先クロトは私の前に現れることはありませんでした。そしてクロトが誘う相手はだーれでもよかったのだと鈍い私でも気付いたのです。で、たぶん元彼とよりがもどったとも考えたのです。

あの後元彼からコンサートに来てくれてありがとうなんて連絡があり一緒に来ていた人は彼氏?なんてクロトは聞かれてやっぱり元彼が好きだった気持ちが戻り喫茶店の店員に頼んだのとか言ったんじゃないのかな。よりが戻って良かったです。そう私はあきらかにクロトに拒否されたと考えたのでした。だって連絡がつかないのは元彼と寄りが戻ったと考えるのが自然じゃないですか。

ここで私があの日クロトに言ってしまったマイナスポイントです。
彼女いるの?と聞かれて「彼女はいるけどお互い束縛しない関係」:超恥ずかしい。よくもまあしゃあしゃあと言ったものです。人間性を疑う。
なんだろ実際当時彼女がいたのですけどクロトと付き合いたかったから。あの時嘘でもいないよと言えばよかったのかな。いないよと言うのもなんか恥ずかしいしそもそも「彼女いる?」なんて聞かないでおくれよ。
何才くらいで結婚したい?と聞かれて「28才くらいで結婚かな。」:20才だったのに後8年は結婚しないって宣言しちゃいました。もしかしてこれが致命的な一言だったのではないでしょうか。この間試しにこのこと確認したけどクロトは顔を曇らせたのです。一緒になりたい人が出来たらその時に結婚を考えると答えるべきだった。つうか実際の私の結婚はもっと遅れてしまった。

この二つが致命傷だったんじゃないか。元彼とまた付き合いたくもなりますね。それに親の前で逃げたし。当時の私は最低な男だったのです。

どうなんでしょ。クロトに確認はしなかったけどたぶん元彼とはあの後何も無かったのでしょう。いや付き合った後にまた別れたのかもしれませんが。今となってはどうでもよい事です。で、クロトに相手にされないとわかるとクロトのことはどうでもよくなりました。そして私は付き合っていた彼女のこともどうでもよくなりしばらくして別れたのでした。

で、クロトとのその後のエピソードです。
妹がクロトと同じ会社に勤めてしまった。ある日妹が「お兄ちゃん、クロトさんにお兄ちゃんに彼女がいるよねって言われたよ。まだ続いているでしょ。」突然出てきたクロトの名前。でもどうでもよくなっていた私は妹にとっくに別れているとも別れたことをクロトに伝えるようにとも言わなかった。

つうか元彼とよりがもどったクロトに見栄をはりたかった。クロトだって妹にお兄ちゃんこと知っているよなんて単に話の種だったのだろうし。なので妹には「ああ、」とだけ適当に答えてしまったのです。あの時妹から俺が別れていることをクロトに伝えてもらっていれば・・・。

でも今となってはだからどうにかなったとも思えませんが。いつだったか妹が「クロトさんが義姉さんだったらいいな。」と言ったことがありました。その時私は俺では駄目だったんだよね。と思ったのでした。

まあクロトは元彼と幸せになっておくれ。当時はそんな気持ちだったのです。そんなクロトが北沢と結婚するとの話を聞いたしばらくして靴屋で偶然クロトカップルとばったりと出会ってしまったのです。ものすごくバツか悪かった。負け犬の私はクロト達に軽く会釈をしてそそくさとその場を立ち去ったのでした。

私にとって何年ぶりかの再会はクロトに結婚相手を見せつけされる格好となったのです。惨め。クロトの横には俺ではなく北沢。元彼でもなくなぜに北沢なの?それから数年してテニスサークルの飲み会でのこと女性陣のなかでクロトの話題がでました。
「クロトちゃん出産したけど姑から仕事させられて可哀想。このままではサンゴノヒダチが悪くコウネンキショウガイになっちゃう。」まあ当時は産後の肥立ちも更年期障害も意味が解からなかったが義理母にクロトが無理をさせられていることは理解できました。なんか嫁姑問題のようでクロトよ君は苦労しているんだな本当に幸せなのか?

それから何年も過ぎてこんな私にもお嫁さんになってくれる女性が現れたのです。12月に結婚を控えたその夏の同窓会に参加するとクロトが出席していました。靴屋でクロトを見かけてから10年たちます。

一次会で飲みすぎた私は二次会でクロトにからんでしまったのです。だって結婚生活ってどう?ってクロトに聞いたら「惰性」って短く吐き捨てるように答えたのですよ。惰性ってなんなんだ。本当に君は幸せなのか。そんなクロトにからまずにはいられません。

そしてクロトにこんなことを言ってしまったのです。
「君の亭主の北沢はな小学校の時に隣町のサッカーチームのキーパーでな大会でPK合戦になった時に俺はゴールを守って勝ったんだぞ。俺はお前の亭主に勝った男だぞ。」飲みすぎてろれつが回らない私は泣きそうになりながらクロトに訴えたのを覚えています。みっともないたらありゃしません。

同窓会からしばらくしてクロトから手紙が届きました。その手紙の中でまた次の同窓会で会いましょうと書いてありました。なので私は次も出席しましたがクロトは来なかった。クロトよなぜこない。クロトがこない。そうして私も同窓会には今年の1月まで参加しなかったのでした。

つまりこの1月の同窓会はクロトと私は17年ぶりに再会だったのです。
相変わらずクロトは可愛かった。もう酔っちゃっただなんて言うのですよ。今回の私は余り飲んでいなかったのでわりと正気でした。でも酔った振りをして「クロト、頭、なぜても良い?」って聞いちゃいました。クロトは即答で「良いよ。」だって。でも当時なぜ私では駄目だったか聞いたけど答えてくれませんでした。でも楽しかった。

同窓会の後でeメールのやりとりにクロトが「俳句のwebサイトは1ヶ月毎に更新予定なので、更新されていれば元気だということかな?(笑)くだらないこと言ってすみません。」と書いてありました。これを読んだ時に思ったことは私はこの先彼女の安否を気にかけ続けなくてはいけないのかです。

クロトが出産後に無理をさせられていても結婚生活が惰性と言われてもたとえ病気になってしまっても私は何もしてあげられません。きっとまた昔聞いた彼女の噂話の時のようにもどかしい気持ちになるだけなのです。

なのでこの先俳句のwebサイトには覗かないと私は決めお気に入りから削除しました。もう彼女のことを気にかけることは止めにしたのです。よく考えると私はこの1月まで彼女のことを思い出すことは余りありませんでした。当たり前です。私には家族があるからです。忙しい日々のおかげでよけいなことを思い出す暇は無いのです。

そうそうクロトは私のことを一緒に観た映画のインディージョーンズがテレビで放映されると私のことを思い出すと言っていました。私も同じでした。そのくらいですクロトを思い出すのは。日常では何の接点もなく思い出すタイミングがありませんでした。なので同窓会からしばらくはクロトとの色々なことを思い出してしまいました。

あの時クロトは誘う相手は本当に誰でも良かったのでしょうか。私を選んだのは単に元彼と顔見知りでなかったからでしょうか。いまさら考えても思い起こしても無駄なことですね。でも私はクロト、君に誘われたから付き合ったのだよ。あのクリスマスの夜、君は恥ずかしそうにチケットの入った封筒を差し出したね。2人でいっしょにいたのはたったの1日のことです。その1日は私の人生では何万分の1かの時間です。しかし私にとって大切な1日でした。

もうこの先クロトとは会うことはないでしょう。いやかりにすごい偶然に町で会えたとしてもお互い軽く会釈するだけなのでしょう。1月に君に会えて話せて嬉しかったよ。でも誰も知らない二人だけのあの1日はまた静かに心の奥に封印します。さようなら。



撫でてもいい?

一昨年の同窓会で会場を見渡すと後方の一つ先のテーブルにクロトがこちらを向いて座っていたのです。ああ、クロトも出席したのか。クロトとは二十歳の冬に一度だけデートをしました。その後は靴屋さんで旦那さんと一緒にいるところを見かけたのと95年の同窓会で話した以来です。

会が始まりしばらくして後ろを振り向くとクロトの隣が空いたので私はすかさず移動して隣に座りました。その時に私がクロトに言ったのが
私:「頭、撫でてもいい?」でした。

今まで私は女性に頭を撫でてもいいかなんて言ったことはありません。なのにクロトを見てごく自然に口から出たのでした。
するとクロトは小声で
クロト:「いいよ。」ですって。
あの日デートの帰りが遅くなり家の前で待ち受けていたクロトの母親から逃げ出した私なのによくもまあ「撫でていい?」って言えたものです。今思うと「頭、撫ぜてもいい?」、「いいよ。」ってちょっと恥ずかしいですね。

同窓会の後で教えてもらったクロトの俳句のHP(ホームページ)にこの撫でられた俳句がUPしてありました。撫でてもらった髪を洗う内容の句です。
この俳句を始めて私が見たときに思ったことは髪を洗うたびに私に撫でられたことを思いだす。でした。

しかしこうも考えられます。芸能人とかに握手をして貰ったときに「この手は一生洗いません。」って言いますよね。つまり洗うってことはその人物の想いを断ち切るってことなのかな。したがって私から撫でられた髪を洗い私への想いを失くすってことかもしれません。

で、この句の季語がわからず調べると「髪洗い」でした。「髪洗い」は夏の季語だったのです。となるとクロトは単純に夏の季語をいれて私から撫でられた句を作りHPにUPしたのかもしれません。むろん私がHPを見ているだろう前提で。今回の「髪洗う」の俳句が気になりますが彼女に尋ねることが出来ません。つうか今更私には関係ないといえば関係ないですね。でもこの俳句はちょっと嬉しいです。

俳句はたったの17文字に情景や心情を凝縮します。したがって解釈によって曖昧さから読み手の意味と異なる場合が出てきます。まあ先月のクロトの恋敵はピンクの薔薇に似ているって句はストレートな表現で解りやすいです。

あ、クロトがアトのことを恋敵としたのは今回が初めてです。クロトにとってアトは恋敵か。もちろん恋のお相手は私ってことになります。クロトが茶目っ気で読んだ句と思われますがちょっとドキドキものです。



思い出

なんつったってクロトの一言は「このまま死んでもいい。」だよね。バイクの後からぼそっとです。きっとクロトはこの一言が私に聞こえてなかったと思っていることでしょう。同窓会でもメールでもこのことは話題にしてません。聞こえてたよって教えてあげたいな。もちろんクロト覚えているよね。





2017年4月 2日 (日)

マユ

ゲーセンで出会った女の子から

高校を卒業すると無駄に暇があった。なので学校帰りは決まって地元の駅前のゲーセンにたちより遊んだ。そのゲーセンには時々見かける女子高生がいた。まあこんなところに出入しているのだからロクなもんじゃないだろうくらいの気持ちでその女の子をみていた。
ある日のこと、いつものように私がテーブルゲームで遊んでいると前の席に誰かが座った。顔を上げて確認するとその女子高生だった。私がゲームオーバになると女子高生(ヒサコ)が話しかけてきた。

ヒサコ:「お兄さん、ゲームが上手いね。ここいつもきているでしょ?」
私:お前のような妹は俺にはおらん。ゲーセンだって暇だからきているんだ文句あるか。と心の中でつぶやいた。
ヒサコ:「お兄さん、私とつきあってくれない?」
私:なんじゃ突然。交際の申し込みか。こんな簡単に交際とか申し込んでつきあえる世界があるのか。私はあっけにとられたのです。で、私から出た答えがこれ。
私:「お前は嫌だけど友達を紹介しろ。」
なんちゅう答えだ。人でなしの答え。交際を申し込んできた相手に友人を紹介しろと言える外道がこの世の中にいるだろうか。いた私です。
ヒサコ:「いいわよ。」
えええええええええーーー、言ってみるもんだ。いいってさ。友達をこの俺様に紹介してくれるって。やったね。で、調子にのって。
私:「じゃあ友達を二人紹介しろ。どちらか選ぶから。」
そうだよね。折角だからついでに言ってみたほうがよいよね。
ヒサコ:「え?いいわよ。」
これもいいのか。つうかなんでもありだな。で、電話番号を交換して次の日曜日に私の友人二人とヒサコの友人二人の6人で遊んだのです。

友人には事前に優先権は俺にあると告げてあったのでマユを指名。そして次の日にヒサコにこう確認したのです。

私:「マユは、俺のことどうだって言っていた?」 確認は大事だよね。
ヒサコ:「マユ、あんたに一目惚れしたって言っていたよ。」
うはははは、マユは俺に一目惚れだってさ。なんて単純な奴らだ。恋愛って本当は簡単なんじゃないだろうか。俺はモテナイからとか男として魅力がないとか所詮暇つぶしの相手だろうとかいつか俺より良い男が現れたらそっちにいっちゃうのだろうとか考えるのが馬鹿らしくなりました。
「私とつきあってよ。」「嫌だから友達紹介して。」「いいよ。」で会えた相手から一目惚れ。ね、簡単でしょ。

で、マユの家は遠かった。お互いに学生でお金がないのでマユの家で会った。私とマユはお互いに余り気をつかわなかったような。

ゲーセンで出会った女の子のヒサコからまた電話があったのは春休みのことだった。

ヒサコ:「マユが同じ学年の子から交際申し込まれたって、あんたにどうしたらいいかって?最近あんた達、会ってないんだって?」
なぜにそれをお前が伝える。俺は腹立たしくなった。マユのことはどうでもよくなってしまった。
私:「ご自由に、勝手にしてくれ。」
こうして人でなしの俺の恋が簡単に終わってしまった。



高校を卒業するとガールフレンドのアトと会えなくなりバイト先の子と仲良くなったり仲間内で遊んだりしていました。
で、マユ。
好かれている自信から私はマユに横柄な態度で接していたような。でもそんな態度をとられてもマユは喜んでいたのです。マユの彼氏は大学生で単車好きでいつもは冷たいけど時々優しいなんて彼女にしてみれば胸キュン少女漫画の世界そのものだったのでしょう。

クリスマスの夜に私のバイト先にクロト参上。
クロト:「コンサートに付き合って。」
私:「良いよ。」即答。

お正月
私:「ヘルメット貸して。(私からの誕生日プレゼント)」
マユ:「絶対に嫌。(感づきやがった)」
私:「お前は、・・・・。(自主規制)」
お泣きになるマユ。

まあね、マユは私に復讐もしたくなるってものです。

じゃんじゃん。

思い出

マユの家の近くで話していたらマユのお母さんに偶然会いそのままマユの家にまねかれたのです。
超ドキドキものでした。初のマユ母への挨拶はぎこちなかったな。その時の私のいでたちは皮ジャン・Tシャツ・Gパン・ライダーブーツです。ちょっと不良じゃん。大事な娘の交際相手としてよいのか。実は私はマユ母になぜだか気に入られてしまったのです。



2017年4月 1日 (土)

アト

アト

一昨年(平成25年1月)の同窓会で高校時代のガールフレンドのアトに「君は俺を振りやがって。」と言ったところ
アト:「聡美と一緒に通学(大学)していたじゃない。」と言われました。
アトの友人の聡美とは同じ電車だから一緒に通学していただけです。 はあ?なにそれ、そんなことで。私は唖然としたのでした。

アトは一人っ子です。一人っ子の特徴として「我がまま」があります。また両親に大切にされて育つので自己愛と自意識が強くなります。アトは常に自分一人に愛情を注いで貰えていたのでしょう。結果独占欲が強く嫉妬深い性格にもなりうるのです。
ああ、アトは独占欲が強くて嫉妬深かったのか。 だから私が聡美と通学しているのが許せなかったのでしょう。まったく鈍感な私は当時アトの気持ちをこれっぽっちも気付いてあげられませんでした。アトの気持ちを気付いてあげられなかった、そうでしょうか?アトの私に対する気持ち。いや私は当時アトから愛情どころか好かれているとも感じていませんでした。

私はアトの単なる暇つぶし相手とさえ思えていたのです。アトは私の初めてのガールフレンドです。それまでグループで女子と遊んだことはありますが二人だけのデートをしたのはアトが初めてでした。なのにアトと一緒にいてもトキメクこともなく違和感による不安ばかりつのるのです。なぜならアトは私に優しくありません。どこかさめていたのです。私は当時自分がさえなくてもてない男だと自覚していました。それにひきかえアトは可愛らしかったのです。なのでアトから私が好かれるわけがないと思っていたのでした。

卒業間近のバレンタインデーにアトからチョコレートを貰えませんでした。私の不安が的中です。チョコを貰えずにいたことを知った友人からは「やめろ。(アトと付き合うには)」と言われるは馬鹿にされるは散々でした。ほらお前はアトから好かれているわけではなく単なる暇つぶしの相手だと実感させられたのです。

その後も私は何食わぬ顔でアトを誘い二人で遊園地に遊びに行ったりしました。でも私に付合うのは君が暇だからだろ。高校を卒業してアトは地元を離れました。アトの誕生日に手紙とネックレスを贈るが返信がありません。私の誕生日はスルーです。で、その年の同窓会でアトから大学でコンパしたと言われたのです。アトは暇では無くなるのでしょう。こうして私のお役目は終わったと考えたのです。

幸いこんな私にも彼女が出来まして簡単単純な恋愛を楽しむようになりました。なのでアトのことはどうでもよくなりこの先かかわらないことにしたのです。

今考えるとアトと遊んだおかげで高校時代の淡い思い出が私にあります。アトがいなければ私の高校の思いではさぞや殺風景だったことでしょう。なによりアトに同じ大学に行こうと誘われなかったら私は大学に進学せずにまったく違う人生だったことでしょう。今となっては大学進学のおかげでその後の人生がなかなか良いものになりました。そう考えるとアトに私は感謝しなくてはいけません。

私の人生に時々顔出すアト。ホントにアトは不思議な存在です。こんな女の子は他にいません。昨年のクロトからのeメールの「アトちゃんもデコ(私)のことが好きだったよ。」に私は歓喜しました。アトは退屈だっただけじゃないのか。好かれていたとは。しかし冷静になり考えるとアトは今だから昔を美化してそう思えているのではないのかしら。思い出フィルターで私との楽しかったことしかアトの記憶に残っていないのかもしれません。それはそれで良いのです。

やはりあの日チョコを貰えなかったのは効きました。義理チョコだよと言われたとしてもアトから欲しかったです。あの日のバレンタインが二人のターニングポイントだったのでしょう。アトのプライドかな。アトはやはり俺なんかに好きになるとういことにプライドがゆるさなかったのかな。

小学生の頃から知っているなんの取り得が無い男子。きっと心のどこかでアトは私を愉快な友人であって恋人にはとは思わなかったのでしょう。だって俺と付合っているなんて知られるとお笑いものです。でもねアト、こんな俺と遊んでくれて本当にありがとう。



怪獣その1
小4のクラスでプレゼント交換会があり品物は手作りであるので私は模造紙に「帰ってきたウルトラマン」の怪獣の「シーゴラス」と「シーモンス」をでかでかと描いたのです。

で、プレゼント交換会でクラス全員が円を作り外向きに座りプレゼンを見ないように後手で何度か隣に渡し回したのです。交換会が終わりしばらくするとひとりの女子が私に近づいてきたのでした。そして赤く頬を染めた顔で「青島君から**君(私の名前)の描いた絵のプレゼントが欲しいって言われた。あげてもいい?」ですって。

青島か図工馬鹿だな。私「いいよ。」すると青島がやってきて「やった。絵の真ん中にウルトラマンを描くぞ。」と息巻いたのでした。こうして私の描いた怪獣の絵は青島に渡ったのです。その女子は私の描いた絵を貰ってくれませんでした。まあ怪獣の絵だし女の子はいらないよね。少し残念な気持ちに当時なりました。

こんな話もアトはきっと覚えていないのでしょう。


怪獣その2
小4の頃クラスの友人数人と子供達だけで映画を観にいきました。映画館には文化センターでトッポジージョの劇を観終わった同じクラスの3人組の女子が後から合流したのです。で、私の隣に座ったその中の小柄な女子は足をぶらぶらさせながら手提げ鞄から板チョコを取り出しパッキと折って無言で私に渡したのでした。あっけに取られた私は板チョコを持ったまま御礼も言わずに呆然としたのです。
その時の映画は「ゴジラ対ヘドラ」怪獣映画でした。一昨年の同窓会でアトにこの時の事を聞いてみたところ映画を観たことはおぼろげに覚えているけど私が隣だったことは知らなかったとのこと。まあね、アトが私の隣に座ったのはたまたま偶然だったのです。やはり覚えていなかったか。ちょと残念でしたね。

高3の秋でした。学校の廊下でアトの友人のマキに呼び止められたのです。マキの後にはアトが赤く頬を染めてぽつりと立っていました。で、私はマキから買い物に付き合えと言われ週末に3人で出かけたのです。そして次の週にはアトと2人で映画を観に行きました。これが私の初デートだったのでしょう。

まあアトが同窓会でクロトに「ねえ、2人はいつから付き合っていたの?私とかぶっていたかな。」って訊ねていました。と言うことは私はアトと付き合っていたのですね。すると以前私はブログで初めての彼女は巫女バイトのマユだって書いたけどアトだったのか。ではアトは私といつまで付き合っていたことになっていたのだろうか。ちょっと気になりますね。



とおいむかし

朝、気配に目覚め横を向くと母が静かに座っていた。

母:「このまえ、アトちゃんのお母さんに会ったよ。 アトちゃん結婚したんだってね。お前たち仲が良かったのだって? アトちゃんのお母さん、お前にもらってほしかったって言っていたよ。」

私は寝たままの姿勢で「ああ」とだけ答えまだ眠りたい振りをし布団をかぶり 声をころし泣いた。

とおいとおいむかしのことです。




思い出

まだ一緒に遊ぶ仲ではなかった高3の男女混合のソフトボールで
私がピッチャー、アトがバッターだったことがあります。
もうさ小柄なアトはバットがまともに振れないのです。で、チョコンとバットにボールが当たって一塁に走るアト。可愛かったな。アトはきっとこのことを覚えていないだろな。同窓会でこんなことを話せばよかったのにね。



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