2017年8月21日 (月)

都道府県と私4

都道府県と私4(長崎県に行ったよ記念)  

私は仕事柄、全国に訪れています。このブログを見ている方は日本全国からですので、きっとあなた様のお住まいの都道府県に訪れていることでしょう。
などとブログに書いたのが2014年9月11日でした。あれから早3年が経とうとしています。高2だった娘は大2へ中2の息子は高2へと今では2人とも超超生意気になりなんちゅうか誰のおかげで大きくなったのかと。
まあ我妻は相変わらずに生意気で誰のおかげで十分大きくなったのかと。もう妻は大きくなる必要はないのにね。
そんなわけで3年ぶりに「都道府県と私」をやってみます。  


では北から都道府県です。

北海道:札幌、小樽、室蘭、登別、昭和新山、旭川、名寄、紋別、富良野、北見、函館。20回以上訪れていますが最近とんとご無沙汰です。室蘭では25時から打合せで雪のふる中を工場道路を歩きました。妻と観光をしました。

青森県:弘前城、十和田湖、白神山地、八戸八食センター、大鰐温泉、三沢空港、十和田湖。弘前には縁があり何度も訪れました。東京からの日帰りも多いです。

秋田県:大館、能代、北秋田。大館の宿はビジネス民宿ぬまだてハイツです。食事と温泉付きで安かったです。

岩手県:盛岡、陸前高田、大船渡。盛岡駅前東屋さんでわんこそば。じゃじゃ麺は微妙、スイカ付き冷麺は美味しい。 山形県:山形、米沢、寒河江、天童、山寺、小国。寒河江のホテル一龍に宿泊し皿谷さんで冷たいラーメン。

宮城県:仙台、蔵王、気仙沼、石巻、白石城。石巻の石ノ森漫画館で懐かしのリュウの道、おかしなおかしなおかしなあの子(さるとびえっちゃん)を読みました。

福島県:福島、相馬、会津若松鶴ケ城、猪苗代湖。3.11の復旧案件は相馬からでした。

茨城県:つくば、牛久、ひたちなか。牛久大仏とアミアウトレットによく行きました。

栃木県:さくら、那須烏山、那須高原、羽鳥。羽鳥湖高原レジーナの森のリゾートキャンプは我家に思い出の場所です。

群馬県:中之条、草津温泉、渋川、尾瀬ヶ原。四万温泉修善館は私の常宿です。

埼玉県:さいたま、行田、越谷、川越。家族でのお買物はおしゃれな越谷レイクタウン。

千葉県:千葉、船橋、御宿、成田、銚子、館山、香取。家族が住んでいます。妻の実家があり家族であちこち行きました。TDL,TDS、アンデルセン公園があります。

東京都:私が通勤していたり妻と商店街めぐりしたり有名所を制覇するようにしています。

神奈川県:横浜、小田原城、鎌倉、江ノ島、三浦、川崎、箱根。定期的に横浜。なにはなくても横浜です。

山梨県:甲府、石和温泉、清里高原、富士急ハイランド。富士登山は浅間神社から宿泊は元祖小屋でした。

新潟県:新潟、長岡、燕三条、湯沢温泉。神立高原スキー場には妻と何度も行きました。

富山県:富山。城址公園のSLを見ながら朝のお散歩です。

石川県:石川、山中温泉、山代温泉、粟津温泉、加賀。千里浜、兼六園、忍者屋敷と観光もばっちりしてます。

福井県:三国町東尋坊。永平寺。ここは社員旅行で訪れています。

長野県:飯田、軽井沢、白馬。小海リエックスにスキー軽井沢でテニス。 岐阜県:関、恵那。恵那駅前の中山道をたどります。

静岡県:静岡、浜松、下田、沼津、御殿場、三島、天城。私の生まれ故郷。実家があります。

愛知県:名古屋、犬山城、知多半島。昨年から最近まで名古屋に幾度も行ってます。

三重県:四日市、桑名、伊勢神宮、伊賀忍者村。昨年は三ヶ月間の出張先でした。

滋賀県:大津、琵琶湖、彦根城、延暦寺。京都観光に大津はお安く宿泊できます。

奈良県:奈良、十津川村、東大寺、薬師寺、石舞台。中学の卒業旅行先。バイクでも仕事でも。

和歌山県:白浜。紀伊半島一周バイクツーリングで白浜温泉に宿泊しました。

京都府:京都、福知山、笠置。娘との旅行で八坂神社、円山公園、知恩院、花見小道通、建仁寺、清水寺。

大阪府:通天閣、太陽の塔、USJ、堺、大阪城。道頓堀は年中。

兵庫県:神戸、加古川、姫路城、六甲山、異人館、中華街。家族での大阪旅行時に足をのばして神戸観光です。

岡山県:新見。仕事で新見市ですがビジネスホテルの無料ビデオが思い出です。

広島県:単身赴任中。広島、呉、竹原、尾道、庄原。本通りのアーケード街から平和公園が散歩コースです。

山口県:岩国、錦帯橋、萩、秋吉台。高校の卒業旅行先です。広島単身赴任で錦帯橋へ再度訪れました。

鳥取県:鳥取、倉吉、白兎海岸、鳥取砂丘、堺みなと。鳥取砂漠は憧れでした。砂漠でなく砂丘でしたが満足です。

島根県:出雲大社、津和野、浜田。津和野は二度訪れています。坂を登った教会でロザリイを購入しました。

徳島県:徳島。駅前ポッポ街。勝浦川を車でさかのぼりました。

香川県:讃岐、丸亀城、高松、金比羅様。うどんを食べに行きました。日の出製麺所で頂きました。

愛媛県:松山温泉、横河原、宇和島。路面電車で道後温泉。

高知県:四万十川、高知城、桂浜、室戸岬。一の又渓谷温泉につかり夜はひろめ市場で一杯です。

福岡県:福岡、久留米、甘木、北九州。幼稚園児の娘と二人で旅行をしました。

佐賀県:鳥栖。吉野ヶ里の方面にも。

長崎県:長崎。今年7月に平和公園、出島、グラバー園、新中華街等々観光しました。

大分県:大分、別府、中津。空港からホバークラフトで移動。別府温泉で砂風呂です。

熊本県:玉名温泉、熊本城。今年7月に観光しました。水前寺清子公園も。

宮崎県:宮崎、延岡、えびの、綾町。綾の昭葉大吊橋を渡りました。

鹿児島県:鹿屋。薩摩郡。仕事で二度徳之島。宮乃城温泉の宿はちさと旅館でした。

沖縄県:未。



7月の長崎旅行で私が行ってない都道府件県は残すところ1県沖縄です。沖縄は仕事で行けないので個人旅となります。費用は2泊して一人5万円以内にならないかな。ここ広島からだと5万円以内はちょっと無理そうです。まあチャンスがあれば沖縄に一人旅しましょうか。

さて、8月8日より妻と連絡を取っていません。「またかよ」とつっこみが入りそうですがまたです。この状態がいつまで続くやら。やれやれです。



2017年8月17日 (木)

熊本旅行記

熊本旅行記


7月16日(日)8時稲佐山温泉ホテルアマンディを出発。

高速道路をナビにしたがい移動。途中何ヶ所かのSAPAで休憩。

12時前にイオンに駐車し自転車で熊本市役所へ。

市役所14階から工事復元中の熊本城見学。

アーケード街へ移動。 アーケード街をぶらぶらし山水亭でラーメン餃子の昼食。

水前寺公園へ。 水前寺公園を散策。茶店でグレープカキ氷をいただく。

イオンへ移動。 イオンで靴下を購入し駐車代の割引として宿泊地玉名温泉へ移動。

玉名立願寺温泉ホテルに16時半到着。

チェックイン後に自転車で坂をおりJR玉名駅へ移動。駅からスーパーダイレックス、ゆめタウンに移動し夕食の買い出し。ホテルに戻る。

立願寺温泉ホテルの温泉露天風呂につかる。部屋でお惣菜をつまみとしビール、チューハイをいただきそのまま就眠。

7月17日(月)起床後すぐに温泉へ。7時から朝食。料理に満足。8時にチェックアウト。

長洲フェリーターミナル場所あたりからひたすら狭い海岸線を海を見ながらドライブ。途中干潟におり沖へ歩く。靴が泥だらけになる。ムツゴロウはいなかった。天気がよくて島原半島普賢岳までみえた。JR荒尾駅へ。

JR荒尾駅で世界遺産が近くにあることを知る。万田抗へ移動するが見つからない。迷う。あきらめて走りだすと途中で見つける。

世界遺産万田抗。ビデオ上映後に移動し案内人の解説のもと見学。で、帰路。 帰路途中に道の駅関所村の関所亭で冷麦をいただく。ついでに焼きとうもろこし。

高速道路をナビにしたがい移動。途中何ヶ所かのSAPAで休憩し帰宅しました。


過去に私は一度熊本に訪れています。しかし東京から飛行機で福岡空港へそこからレンタカーで移動し熊本県玉名市で13時から打合せをしてまた福岡空港から日帰りで帰宅したのです。
つまり熊本にはお泊りしていません。これって夏と冬の間ように中途半端なのです。しかしお目当ての熊本城は修復中です。熊本にいくかいかないか迷いました。

立願寺温泉ホテルが朝食付きでリーズナブル。税込み5000円也。思い出の玉名だし取り合えず予約して熊本行きを決めたのでした。
で、熊本修復中を市役所14階から見ることを知り当日の朝に熊本市を訪れることにしたのでした。 熊本市の印象は広島市に似ているです。路面電車、お城、アーケード街と雰囲気が似ているのです。14階からぐるりと眺めると熊本市は広々としています。

熊本城お修復が終わったら次は新幹線で訪れてみましょうか。いや九州一周車中泊ありの貧乏旅行のついででもいいかな。

これで訪れていない都道府県のラストは沖縄県です。待ってろよ沖縄。メンソーレだっけ。


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2017年8月 7日 (月)

長崎旅行記

長崎旅行記

7月15日(土)夜中の12時30分広島家を出発。

高速道路をナビにしたがい移動。途中何ヶ所かのSAPAで休憩。

JR長崎駅に自転車を下ろす。

6時30分に平和公園駐車場に到着。(1日610円)ただし駐車場は7時からオープンでした。

平和公園を散策し爆心地へ。

路面電車で松山駅から長崎駅前駅まで移動。
JR長崎駅から出島まで自転車で移動。

出島観光。出島は島が扇形に出てはなくイメージと違うが入島。日差しが強く暑いので建物内で展示物を見学しながら涼む。
出島からグラバー園に移動。

グラバー園観光。エスカレータで最上部まで移動。そこから下りながら庭園といくつかの建物を見学。見晴らし良し。中国人多し。お隣の大浦天守堂へ徒歩で移動。

大浦天守堂。私は何年かぶりに教会内に入りました。扇風機にあたりながら録音アナウンスをきく。隠れキリシタンの話だったような。弾圧され隠れてまで信仰するような宗教なのに私の知人にキリスト教徒がいないのは不思議だ。オランダ坂へ自転車で。

オランダ坂。あまり印象にない。ただただ暑い。新中華街へ移動。

新中華街は賑やか。製麺店のポスターで中華料理店の老李さんを知り11時30分の開店をお外でまって入店し生からすみちゃんぽんと水餃子をいただく。長崎だったらちゃんぽんでしょう。初からすみ。アーケードへ移動。

浜市アーケード街、ベルナードをお散歩。土佐商会発祥の地、眼鏡橋を見学。

龍馬通りの坂(お墓横)を汗だくでのぼり亀山社中記念館、ブーツ像、若宮稲荷神社(ちっこい龍馬像)、亀山社中展示場。帰り道のアルコア中通り商店街のひめ福さんで白玉入りかき氷をいただく。長崎駅へ移動。

途中のフェリー乗り場近くのドラゴンブロムナードを歩き長崎港を見わたす。とにかく暑かった。再度JR長崎駅へ移動。

JR長崎駅前に自転車をとめ路面電車で松山駅へそこから浦上天守堂、平和公園、駐車場に戻り長崎駅で自転車を載せて宿泊先の稲佐山温泉ホテルアマンディへ。

稲佐山温泉ホテルアマンディ17時着、温泉露天風呂眺め良し。展望レストランで長崎が夜景にかわるのを眺めながら携帯ハンドフリーで妻と会話しながらビールおつまみセットをいただく。ビールおかわり2回。キャビネットで就眠。


長崎市は観光地としてよく整備されていました。またコンパクトにまとまっており今回私は自転車移動でしたが路面電車(1日乗車券500円)で十分まわれます。
問題は宿泊料金が高いこと。ホテルは素泊まり1万円越えばかりです。なので私は車中泊を本気で検討しました。

で、稲佐山温泉ホテルアマンディのキャビネットとしたのです。部屋が板で仕切られて一泊2500円也。温泉風呂付。夕食につまみ3種とビール3杯飲んで宿泊料が5000円以内でした。まあ神経質な人は無理でしょうが。

さて、ほぼ長崎市観光はしつくしたので二日目の予定をどうするかです。
・軍艦島:予約でいっぱいキャンセル待ち。私は船酔いこわい。
・ハウステンボス:一人旅にはどうかと。
・佐世保:バーガー以外思いつかん。
・足をのばして熊本市:熊本城は修理中だし。ネットで調べると市役所から修理中を見えるとのこと。修理中は今しかみれません。

で、二日目の行き先は熊本市に決定です。


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2017年8月 1日 (火)

長崎に行きたかった。

長崎に行きたかった。

私は長崎に行きたかった。世の中の殆どの人は長崎県に行かずに一生を終えることでしょう。特に関東で生活している人にとって長崎は遠いです。それに、「ああ、長崎に行きたいな。」と思う人が果たしてどのくらいいるのだろうか?

たとえば渋谷あたりで街頭アンケートをして「あなたは長崎県に行ったことがありますか?」と訊ねたら「ハイ!」は5%以下でしょう。

では「どこの都道府県に行きたいですか?」の質問に「長崎県。」と回答する人は?
北海道、大阪、京都、広島、博多、沖縄より長崎と答えが返ってくるとは思えません。 しかし私は長崎に行きたかった。私だけは長崎行きを切望していたのです。まあ別に行かなくたって何も支障はないのですが。でもね長崎県は私の中でここ数年気になる存在だったのです。

ではなぜに私が長崎に行きたかったのか?

1.私は就職してからあちこちに出張で出かけています。ほぼ日本全国の都道府県です。でもどうしても行けそうも無い県があります。その一つが長崎県です。長崎には工業地帯が余りありません。(たぶん。)私の仕事は工場設備なので収める工場が無い長崎への出張は無いのです。
出張で行けないので私用で行くしかありません。私用で行くには長崎は関東からは遠いし旅費が高い。このままでは一生行けそうも無いと思うと行きたい気持ちが膨らむのでした。

2.私は基本テレビドラマを観ません。毎週その放送時間にテレビの前に居なくてはならないのは苦手です。なのでドラマを見過ごすことが多いでしょう。録画をすれば良いのでは?となりますがその録画を忘れてしまいます。したがって観てもドラマは年に1、2本です。
そんな滅多に観ない私が観たのがNHK大河ドラマ「坂本龍馬」でした。これは妻が福山のファンだったので無理やりみせられたのですが。 で、面白かった。「坂本龍馬」は土佐高知県についで長崎県が舞台です。このドラマで私はますます長崎に行きたくなったのでした。

3.長崎はオランダ坂、出島、グラバー邸。まあ観光名所だらけです。ハウステンボスも有名です。

4.漫画家岩本テンホー氏の故郷。岩本さんは永遠のマイナー漫画家さんです。みこすり半劇場を読んではニヤリとします。

5.長崎県に行けば行ったことがない都道府県は沖縄県だけになります。取合えず広島に単身赴任で住んでいる間に長崎県にいってみましょう。

7月の海の日は3連休です。千葉に帰らないし。したがって暇です。長崎県に行っても良いのじゃない。で、私は15日(土)、16日(日)、17日(月)の2泊3日で長崎旅行とついでに熊本旅行をしたのでした。

長崎県に行っちゃった。これで残すは沖縄県だけです。



2017年7月25日 (火)

サッカー少年ブログ終了

サッカー少年ブログ終了(reboot)

息子が中3当時の記録(思い出)

息子の中学のサッカー部が総体予選で敗退し結果サッカー部活が終了となりました。息子は最終戦に途中からですが出場したそうです。
ああ、これでもしかしたらサッカー部活は終わりかな。たぶん高校ではサッカー部には入らないでしょう。
息子は時々私に「足が遅くて体力ないんだよね。」とぼやいていました。
それに背丈も小さく体格にも恵まれていません。なのに一学年30人以上のサッカー部のなかでAチームでした(スタメンではないけど)。

これは小学生の時の親子練習のおかげでサッカーテクニックが備わっていたからです。
思えば息子は幼稚園の年中から中学3年までよくサッカーが続いたものです。幼稚園の2年間では滅多に試合中にボールが蹴れなかった息子がです。

親子練習で私は息子を何度も泣かせました。泣かせたことも含めて親子練習は私の楽しい思い出です。単身赴任の今、私は息子とのサッカー練習を思い出しては胸がつまります。

そんな息子のサッカー語録です。

息子のサッカー語録

「おとうさん、どうしたらゴール(得点)出来るの?」

「もう、ベンチは嫌だ。」

「(私:つらかったかい?)つらかったよ。」

「コーチにお父さんが今日の僕のゴールを見たら泣いて喜んだろうって言われた。」

「コーチからチームの中で僕がごっちゃんゴールが一番上手いって言われたよ。でもごっちゃんゴールはお父さんと押し込みゴールって言っていますと言っといたよ。」

「ヨウ君(キャプテン)から明日の試合(ヨウ君不在)はお前がキャプテンだって言われたよ。」

「今日のゴールはやばいシュートだった。(ヨウ君とのノーバウンドパス交換からのシュート)」

「お父さん、僕はいつからサッカーが上手くなったのだろう?」

そうだね。君はいつからサッカーが上手くなったのかな。小1の君は何十本何百本とシュート練習をしたね。

あの親子練習を開始した頃をお父さんはよく覚えているよ。君がチームで初ゴールを決めるまでお父さんはやきもきしていたのだ。この練習方法で果たして君が本当にゴール出来るのか不安だったんだ。
君は小学校での初ゴールを決めて徐々に得点を伸ばしとうとうお父さんの見ている前でハットトリック(3点)をしたね。その得点は右からのコーナーキックをゴール前でシュート、団子混戦の中からドリブルで抜け出してシュート、左からのクロスに合わせてシュート。この3点は忘れられないよ。 親子練習が実を結んだ瞬間だったのだ。
この先のサッカーで君はオフサイドルールへの変更、お父さんの単身赴任、所属チームの変更、右足の負傷、ボディチャージへの対応、ポジションチェンジと色々待ち受けていたね。

こうして無事にひとまずサッカーの区切りを向えることが出来てお父さんは嬉しいです。いつからサッカーが上手くなったのだろう?って、それはお父さんと親子練習を開始したあの日から君は着実にサッカーが上手くなっていたのだよ。


小1からのサッカー親子練習のおかげで私は息子にとても強く濃く接することが出来ました。当時の自分のサッカーブログを読み返すとあの頃の一つ一つが鮮明に思い出せるのです。こうして息子のサッカー関係を含むブログを書いて本当に良かったです。

「おとうさん、どうしたらゴール出来るの?」

それはね。お父さんと一緒にいっぱい練習すれば出来るんだよ。

では、さようなら。




2017年7月24日 (月)

外9 番外編 ユルサポ

外9 番外編 ユルサポ(reboot)

ジェフ千葉観戦の思い出

フクアリスタジアムにJ2の試合を観戦しに行ってきました。サッカー観戦はあの小雨の国立以来でした。

小雨の国立:家族4人で観戦。ジェフ千葉は引き分け以上でJ1復帰でした。0対0で試合は後半40分。残り5分をしのげばJ1でした。
ジェフ千葉は攻めてたんですがね。ドリブルする大分の選手の後姿が味方ゴールに近づいて行ったのです。シュートと同時に歓喜にわく相手側のサポータに沈黙するジェフ千葉のサポータ。その後、ロスタイムも含め猛攻するがジェフ千葉負けてJ1復帰ならずでした。

今回は妻の弟家族3人と娘(部活)を除く我家3人で観戦でした。

ジェフ千葉の相手は愛媛です。愛媛といえば宇和島松島と何度か私は訪れています。遠いぞ愛媛。愛媛サポータはGWの東京観光をかねてやって来たのでしょう。

反対側にオレンジの一団が陣取ります。私たちはゴール斜め裏2階席からの6人並んでの観戦です。

フクアリはサッカー専用球場なのでこの席からもピッチが近いです。サポータの迫力ある応援でユルサポの私たちも盛り上がります。

試合は前半おされ気味で後半はジェフがチャンスを決め2対0で勝利しました。2度の得点と勝利の瞬間はスタンドが大いに盛り上がりました。試合中の応援歌も新しいのが増えており楽しい観戦となったのです。

妻と初めての観戦は市原でのジェフ市原対清水エスパルス戦でした。千葉県民の妻と静岡県民の私とお互いの出身地のチームを応援しあいましょうってな感じだったのに今では私はジェフ千葉のユルサポです。

Jリーグ開幕当時はそれほど興味がなかった私ですが今ではジェフのユルサポになってしまいました。もちろん日本代表戦のテレビ観戦も楽しみです。いや、なにより息子がサッカーを続けていたのが嬉しかったです。J1に復帰してください。がんばれジェフ。


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今期はサンフレッチェ広島の調子が悪いです。このままでは来期はJ2に降格してしまいます。

広島の試合をするエディオンスタジアム広島は山の中。公共機関はアトラスラインでぐるりとまわりそこからまた徒歩と超立地が悪し。自動車だと超渋滞なのでは。

そこで平和公園の近くの元カープの市民球場跡地にスタジアム建設をとサンフレッチェやサポータが希望しているのに行政は許しません。

なぜか。理由。市長をはじめ行政が野球好きでサッカー嫌いだかららしいのです。なのであれやこれやと難癖をつけて新しいサッカースタジアムを今度は海の近くの僻地につくると言ってます。それでスタジアム建設は現在揉めに揉めている最中なのです。

まあ広島は野球県ですからね。ここ広島に住んでいるといまだにプロ野球は人気と勘違いしてしまいます。つうかプロ野球人気でなくカープ人気ですかね。

さてサンフレッチェ広島がJ2に降格したら来期はジェフ千葉との試合が広島であります。でも先ほど書いたようにエディオンスタジアム広島は遠いからね。ちょっとサッカー観戦しに行くのは嫌。



外8 番外編 部活とクラブ

外8 番外編 部活とクラブ(reboot)  

当時小6のセレクション二次試験当日の息子へのファックス  

「息子へ君が好きな週刊ジャンプで連載されていてEテレでアニメ放送している

「バクマン」を例に語ってみようと思います。 「バクマン」は真城最高と高木秋人の2人がジャンプで連載を勝ち取り一位とアニメ化を目指す漫画です。

で、タイトルの「バクマン」は「バクチ」+「マンガ」の造語ですね。「バクチ」は賭け事でマージャン、花札、ルーレット、トランプ、競輪競馬などがあります。どれも勝つために才能と運が必要です。まあバクチにも努力が必要ですが。運が必要であるので勝てないことが多々あります。

なので漫画家になるには「バクチ」と同じで運も必要と考え高木秋人の提案で当初大学に2人は通ったのです。闇雲に夢を追いかけるのではなくリスクに備え大学入学したってわけですね。

つまり君も「バクサッカー」でいてほしい。漫画家になるのもサッカー選手になるのも「バクチ」と同じです。才能や努力だけではプロサッカー選手にはなれないからです。

ここでプロサッカー選手になる割合の計算です。JFAに登録しているサッカー人口は80万人くらいです。J1J2合わせてプロチームは40チーム。各チームに登録選手が30名とした場合のJリーガーは1200人です。

1200人÷80万人=0.0015人

つまりサッカー選手が1000人いて1人か2人がプロ選手になれるってことです。簡単に言うと君が通っている小学校の1年生から6年生までの男女全てがサッカーチームに所属しているとして6年間で1人プロサッカー選手になる割合を意味します。
これだけプロサッカー選手になるのは大変なのです。

君がプロ選手になれないなんて言いません。ただ「バクサッカー」なので真城最高と高木秋人と同じようになれなかったときのリスクに備えようってことです。

君が真剣にプロ選手を目指すならば大学受験のための勉強もおろそかにするなです。  

クラブチームについて  

一次試験合格おめでとうお父さんは心から喜んでいます。合格は君が日頃からサッカーに対して真剣に取り組んでいたことが実力アップにつながり技術力が評価されたのです。

今回のクラブの選考状況を考えるとほぼ君は二次試験も合格です。クラブと部活のメリット、デメリットは昨夜君に話ましたね。

お父さんは君が少しでもサッカーが上手くなるように手助けしてきました。君には邪魔だな~と思われてことが何度もあることも知っています。でもお父さんはサッカーについて君に口出しせずにはいられませんでした。

しかし、もうじき君は中学生です。君の意思を尊重しなくてはいけないのです。その中であえて言います。中学でのサッカーは部活を選んでほしい。

私は君が一次試験に合格してから葛藤の日々でした。せっかく勝ち取った合格です。もったいない。いやまだ合格したわけじゃあないし取らぬ狸の皮算用してどうする。合格してから話し合えばいいだろう。などと私は考えていました。

でも昨夜二次試験に君は合格すると確信したのです。合格しただろう君に言うのは辛いですがこれは私の役目です。本日の二次試験は棄権し中学ではサッカーは部活にして下さい。これが私のお願いです。

この結果君が今後どうサッカーと向き合うようになるか物凄くお父さんは不安です。ですが時間がありません。
「通うのに遠いから駄目って言われた。」駄目な理由はお父さんの中でまだあります。

でも今は時間がありません。クラブは遠いから駄目です。サッカーは学校の部活にして下さい。本日の二次試験は棄権して下さい。

お父さんより以上」


息子が通っていたチームメートの受けた半数以上が一次セレクションで落とされました。一番ちびっ子の息子を一次で合格としたクラブチームの評価能力の高さに敬服です。

つうかやはり息子はサッカーが上達したのです。一次合格でお父さんは有頂天。笑いが止まりません。で、すぐに止まりました。

娘からの長い長いお手紙で。
娘手紙超概略「高校は私立ホニャララ高校に行きたい。」えーーー。私立かよ。 普通貧乏人の子は公立でしょうに。それに私立って公立の滑り止めでしょ。で、娘は希望通りに私立に決定しました。めでたしめでたしめでた・・・。

そしてお金が無い我が家のサッカー息子は学校の部活としていただきましたとさ。
まあね、息子がクラブに行った所でものになる保証もないし学校の部活でサッカーを楽しんでほしいのでした。

息子のウイークポイントの1つに体が小さい。中学新入学のクラスで一番背が低かったです。

2つ目に体重が軽いので当たりに弱い。試合中に弾け飛んでいたのです。

3つ目に足が遅い。いっぱい色々と短距離走の親子練習をしたのに駄目でした。あ、体力も無いっけ。

なにか、根本的に息子はサッカーにむかないのじゃない。 そこでくやしいので息子のストロングポイントを紹介します。

ストロングポイントは正確なパスと吸い付くようなドリブルといくつかのフェイントとサイドからのクロス精度が高いあとはトラップが足元にピタリと止まる。くらいでした。あ、得点感覚がするどかった。

なにか自慢話になってしまったようですね。まあね、上手くなきゃ一次に合格しませんね。ははは。つうか私は相変わらずの親ばかでした。

さて、学校の部活ってどうなのでしょう。なんか先輩後輩の体育会系で1年は玉拾いに声だしとかばっかりでまともに練習出来ないんじゃない。

で、心配した私は当時休日に妻と息子の練習を偵察に行ってきたのです。学校は近いから見にいけます。
息子は大きいのにまじって(息子が小さい)ちゃんと練習してました。

さて、ですが試合はまだまだ出番がないかと思いきや中1すぐの、市内の中学校との試合に出場したのでした。
1年ボウズが入学した4月に試合に出られるの?

その日帰宅した息子が私に
「今日試合に出たよ。」と告げました。ハア?入部したばっかりだろう。息子は続けて「1点だったよ。」えーーーーーーーーーーーーー。なにが1点なの?そうよね試合に出てゴールしちゃったのよね。なんて日だ。なんて日だ。おそれいりました。お父さんは脱帽です。「お父さん、足揉んで。パンパンになっちゃった。」はいはいお安御用です。しっかりと心をこめてあなた様のお足を揉ませて頂きます。超嬉や。息子の中学初得点にバンザイ!!

あの日、私のファックスを読んで泣いたのだってね。お母さんから内緒で聞いたよ。ごめんね。息子よ、どうか部活でサッカーを楽しんでください。ゴールをきめてください。


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部活でよかったです。中学3年間を息子は部活でサッカーをしました。
中学校は千葉自宅から近いので部活を覗こうと思えば出掛けられました。
そうすればラダーやパス交換、線審、ミニゲームの息子を見ることが出来たのです。

まあコーチには問題がありましたが。(部員が怒られコーチから「お前達は勝手にやれ。」と言われた無指示の試合を勝利してしまいコーチはご機嫌ななめで部員は走らされたそうです。)息子レベルでしたら部活が良かったです。部費も安かったでしたし。





2017年7月23日 (日)

外7 番外編 小学6年間のゴール数

外7 番外編 小学6年間のゴール数(reboot)

息子の小学6年間の総ゴール数は、643ゴールでした。  

学年合計およびシュート種類毎の内訳  

小1合計:76点
  クロス足:34点
  ヘディング:3点
  ドリブル:16点
 押し込み:17点
  その他:6点

小2合計:151点
  クロス足:74点
  ヘディング:7点
  ドリブル:25点
  押し込み:38点
  その他:7点

小3合計:188点
  クロス足:63点
  ヘディング:11点
  ドリブル:71点
  押し込み:30点
  その他:13点

小4合計:146点
  クロス足:36点
  ヘディング:7点
  ドリブル:63点
  押し込み:34点
  その他:6点  

小5合計:164点
   クロス足:29点
  ヘディング:2点
  ドリブル:109点
  押し込み:17点
  その他:7点

小6合計:82点
  クロス足:34点
  ヘディング:4点
  ドリブル:28点
  押し込み:17点
  その他:2点  

得点を記録することで  
1.シュートを打つ意識が高まる。
2.ゴールまでの流れを再認識。
3.シュート種類よりプレイスタイルがわかる。
4.親子のコミュニケイションがはかれる。  

でした。


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貪欲にゴールを狙う。一本でも多くシュートを打つ。試合終了がせまるが自分が得点出来ていないと焦りだす。息子にはそんなストライカーでいつづけて欲しかった。
元日本代表のロペスは「一番良い試合は自分がシュートを決めて勝利した試合。次はシュートを決めて負けた試合。」と言っていた。
勝ち負けより自分の得点が大事。ストライカーはそれでよいと私は思っていました。

息子は私に幼稚園の時に「お父さん、どうしたらゴール出来るの?」と聞いたのです。
そして小1からゴールが出来るように親子練習を始めました。

息子はストライカーでいつづけて欲しかったです。でもやはり息子は性格的に無理でした。私と同じに縁の下の力持ちタイプです。やはりサッカーの試合で得点を入れるって大変です。



外6 番外編 息子がゴール

外6 番外編 息子がゴール(reboot)  

息子が6年生の最終戦でゴールを決めたときの思い出です。

本当は最終戦だし見に行きたかったけど。
息子に「お父さんが来るとあがっちゃう。」って言われてからみに行けなくなっていたのです。

私は息子が試合でゴールが出来るようにずっと応援してきました。練習もサッカーの勉強もいっぱいいっしょにしました。
私が見ていてプレッシャーでゴールが出来ないのでは本末転倒です。残念ですが私はひとり家でお留守番をしていたのでした。

だから最終戦の日はぐっと我慢のかいがありました。息子はゴールを私にプレゼントしてくれたのです。その日も息子を試合に送り出すときに

私:「幼稚園の頃は、チャンスがきたらシュートを打ってゴールをきめろと言ったね。だが今は違うよ。沢山練習して十分に君は上手くなった。だから自らチャンスを作ってゴールしてこい。」と送り出したのでした。

チームの先発メンバーのなかで一番のチビッコな息子。足だって速くありません。
でもチームの中で一番練習していたのです。

最初は息子一人だけの公園での平日練習にだんだんチームのメンバーが参加してきたのでした。6年生の土日のこの新しいチームの練習や試合は全部出席しました。

私は息子のあざだらけになった両足を見るともうこれ以上無理は出来ないと親子練習はやめたのでした。君はこの最終戦、絶対にゴールしたいって言っていたのです。努力が実っておめでとう。そして小さな息子よ。本当にありがとう。


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私は息子の試合をいつしか恐い顔で見ていたのです。両手のコブシを握り締めしかめっ面で睨んでいたのです。
こんな姿で見られては息子は緊張するに決まっています。

そして試合の後は得点経過を聞きながらあれこれと注文をつけたのでした。
ああ、幼稚園の頃の試合は息子がボールを蹴れただけで私は大喜びしていたのに。

最終戦の後に息子は妻に「お父さん、僕のゴール見てくれたかな?」と尋ねたそうです。私は意地を張らずにどこかに隠れてでも息子の最終戦を見てあげるべきでした。でも目を閉じると見ていない息子のゴールシーンが浮かぶのでした。



外5 番外編 10番

外5 番外編 10番(reboot)

10番

息子は幼稚園の年中からサッカーを始めました。同年生に比べちびっ子の息子はBチーム(本人いわくヨワヨワチーム)の前後半どっちかベンチ選手でした。試合中2回も蹴れれば良いほうです。
妻と観戦していても「今、蹴ったよね。」をお互いで確認するくらいの頻度でしかボールにさわれなかったのです。  

小学校に入学してもサッカーを同じチームで続けた息子に私は親子練習をしたのでした。早朝練習の後に通学前の朝連、帰宅後に工事用ライトをつけて夜間練習とサッカー練習のしまくりでした。  

またサッカーの素人だった私はネットの情報、練習本で勉強し息子に教えたのです。
罫線テープを貼ったお手製のサッカーボートでオフサイドの勉強、息子が得点した時はそのプレーを説明させたりもしました。
すると少しずつ少しずつ息子はサッカーが上達しチームで活躍できるようになったのです。  
そんな息子が小6に、自らの意思でチームを移ったのです。
その新しいチームでの試合では息子はスターティングメンバー(レギュラー)ではなく途中出場の繰り返しでした。

試合を観た私はレギュラーになれない理由がすぐにわかりました。

理由のひとつに息子はあたりが弱かったのです。それまでのチームはミニサッカーに近く試合中のボディーコンタクトは反則でした。
しかし新しいチームでの試合はがんがん肩を相手に当てボールを取り合っていたのです。
今まで経験したことがないサッカーに私も息子も戸惑いました。試合では自分と同じくらいの体格の子にも弾き飛ばされていたのです。

理由の二つ目にポジショニングです。小6になるとチームプレー、やポジション、システムが機能しないと試合に勝てないのです。

小6から合流した息子は新しいチームになじめなかったのです。また日頃からテレビのサッカー観戦よりは私の横でマンガやゲームをしていることがたたありました。
したがってシステムについての知識が息子には欠けていたのです。

三つ目にメンタルが弱いがありました。試合開始直後にシュートが外れたりドリブルを阻止されると途端にそれ以降消極的なプレーになっていたのです。

つまり息子はボディーコンタクトの練習、ポジションシステムの勉強、メンタルを強化する必要がありました。そのため私は久々に親子練習とサッカー勉強を再開したのでした。

まずは親子練習で4月から徹底的に息子のボディーコンタクトを鍛えました。
練習で私の両肩は息子から繰り返しボディーコンタクトのチャージを受けたのです。険悪になるのは覚悟の上、毎日お互い真剣にボールの取り合いです。
またサッカーの試合や練習の日の夜には本日のボディーコンタクトをボードで発表させました。こうして常にボディーコンタクトを息子に意識させたのです。  

ポジショニング、システムの勉強はネット情報と練習本でおこないました。
またテレビのサッカーの試合は強制的に観戦させたのです。

息子のメンタルを鍛えると決意した日のことです。私はボードに書きながら試合中の息子の状態について
私:「お前は大会とかの試合で開始し直後のシュートが外れると、それからはいつも消えているんだ。味方のゴール前でがんばって守備しているふりをしてばかりだ。
そして試合終了まじかになるとまた攻め上がってシュートを打ったりする。ドリブルも同じで相手に取られるとまったくしなくなる。最初の5分と最後の5分しかお前は活躍していない。」
この事を新しいチームでの試合の後のあの日私は心を鬼にして1時間近く涙目の息子に何度も何度も繰り返し話したのでした。  

この親子練習とサッカー勉強で試合での息子の出場回数時間が増えていきました。そして一か月もするとスターティングメンバーに選ばれ試合開始から終了までフル出場をするようになったのです。  

そしてある日曜日の大会でのことです。コーチからそれまで20番台の背番号から始めて10番を渡されたのです。

10番は司令塔でありエースナンバーです。コーチは息子が毎日一人で自主練習をしていることをしって10番を託したのでしょう。10番をつけた息子はその大会で相手の厳しいマークの中で先制点のボレーシュートを決めチームの勝利に貢献したのでした。  

そんな息子ですが学校で将来の仕事は建築家と回答したのです。昨年まではサッカー選手と言っていたので私は少し寂しい気持ちになりました。
息子に「おい、サッカー選手を目指しながらだよな?」と聞くと「うん。」とだけ一言かえってきました。

いつの日のことだったでしょうか。「お父さん、どうしたら僕サッカー選手になれるの?」とたずねた息子。この先私にたずねることはありませんでした。  



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当時の妻とのウオーキングコースは息子が通う中学校が含まれグランドをこっそりと覗いたのです。すると息子のミニゲーム場面に遭遇したことがあります。

いやはや息子は何度もボールにからんでいたのです。ダイレクトパスにヘディング、ドリブルと息子のプレーが一番目立っていました。(私はずーと親ばか)息子は部活サッカーで元気いっぱいにグランドを走り回っていました。こうして私はご機嫌な気持ちになったのでした。




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